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転職先で責任ある仕事を任されて、手応えを感じ始めたなか、29歳で妊娠した。 最初の半年間は事務を任されるが、やはり職場の人たちと打ち解けられない。家では転職先が見つからずにいらだつ夫の顔色をうかがいながら過ごす毎日。その様子を見た母は「逃げ出して他の人と結婚してもうまくいかないよ」と言ってくれる。 オープンと同時に婦人靴売場の従業員をまとめるチーフを任された。押し寄せてくる顧客の対応に追われて、商品知識を得るために部下やメーカーの人に自然と話しかけていた。帰宅は毎日22〜23時。無我夢中だった。在庫を把握しきれずに人気商品を欠品させてしまったり、クレームを上司に報告し忘れて叱られても、「手話講座のときのように頑張ればいい」と自分を奮い立たせる。親しい同僚たちや就職先を見つけて働き始めた夫が応援してくれた。 28歳のときアシスタントセールスマネジャーに昇格。クレーム対応の責任を負って、「売ることばかりに気を取られてお客様の立場に立ってなかったのかもしれない」と感じた。怒りをあらわにする顧客から逃げずに納得してもらえるまで説明を続け、従業員一人ひとりにも自分が信じる接客指導をしていった。しだいにお礼の電話や手紙が舞い込んでくる。そんな手応えを感じながら過ごしていた1年後のある日、妊娠が発覚する。「もちろん産むけど、責任ある仕事を休めない…」。 恐る恐る報告すると上司は「育児しながら働く道を後輩たちのために作ってやってくれ」と喜んでくれた。半年間の育休を取得した。 家庭を大切にしながら多くの人に役立てる今の仕事を続けていきたいと確信する。 3カ月で6キロも痩せるほどの育児ストレスを乗り越えると、以前のような重要な仕事が務まるのか不安が募り始める。勤務形態を変えてパートで働くことも頭をよぎる。しかし職場仲間たちからの「早く帰ってきてください…」という激励の手紙が舞い込んでくる。「責任があるからこそこんな大きな喜びを感じられるんだ!」と、30歳で勇気を出して職場復帰する。 社内制度で1日の勤務は6時間。毎日の朝礼を取り仕切り、めまぐるしい忙しさのなかでくよくよ悩む暇もない。限られた時間のなかでブランクを埋めるために周囲と積極的にコミュニケーションを図り、クレジットカード入会の月間目標も毎月達成し続けた。注意をするときは必ず直接本人に、たとえ顧客を待たせてしまっても笑顔だけは忘れないよう語りかける。別フロアの同僚がいつも相談に乗ってくれている。 家では子どもの世話に追われて仕事のことを考える暇もない。家事の大部分を引き受けてくれている母。育児に積極的に参加してくれる夫。昨年にはマイホームも手に入れた。家族の協力があるからこそ仕事を続けていける。 弱い自分から逃げず、同僚や顧客に自ら働きかけて努力を重ねていくなかで、結婚や出産を決断するといつも周囲の人々が力になってくれた。家族との生活が何よりも大切。子育ては学ぶことだらけ。しかし多くの人の役に立てて自分も成長させてもらえる今の職場で働き続けていたい。 いつもそばにいて「自分が変われば周りも変わるの」と教え続けてくれた母。今では「強く生きよう」と心に誓えたのは父のおかげだとまで思える。母のように、家族や職場の仲間たち、顧客に対しても前向きで笑顔を絶やさない人間でいたい。娘にもそんな自分を見て育って欲しいと願っている。 田路さんなどが出席される読者交流会を開催します。その他ご出席者など詳しい情報はこちら 物語に関するご感想などをぜひお寄せください。 |
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