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後輩指導ができずに現実から逃げるなかで、組織改革で働き方の変化を求められた。

 4年目を迎えたころから後輩の指導を任されるようになる。夢中に技術を覚えるうちにいつしか会社に欠かせない存在になっていた。「自分がやらなアカン」と使命感に燃えたが、うまく説明してやれない。長時間労働にも耐えられず辞めていく者も後を絶たない。ヤル気も感じられずだんだんと教えることが面倒臭くなっていく。かといって後輩よりも早く帰ることもはばかれて、ますます自分の時間が確保できない。
 「辞めたい…」と初めて思った。仕事は決して嫌いではない。社長から「こんなもんはアカン!」と怒鳴られても、「いいものを作るために言ってくれているんだ。次はほめさせてやる!」と逆に燃えていた。刷り上がったポスターを喜んでくれる顧客…。ほかにやりたいこともない。
 少しずつ仕事とプライベートを明確に分けるようになっていった。「会社の仲間は自分で選んだ人じゃない」と心を閉ざして、話しかけられても愛想笑いをするだけ。休日を社外の友人たちと映画やライブ、スキー、グルメ本を片手に食べ歩きなどを楽しむ日々が5年も続いた。
 30歳が近くなったころに経営者が代替わりする。「製版技術の大半はコンピューターに取って代わってしまう! もう職人技だけに頼っていては雇用を守れない」。生き残りをかけて新規事業が始められ、生産性を高めるための改革が急速に進められていく。「俺はもう必要じゃないのか?」という不安と共に、世の中の例に漏れず既存事業と新規事業の両立で業務は多忙を極めていった。


このまま辞めてもいいのか? 中国茶喫茶での独立を決意して突然意識が変わった。

 以前からハマっていた中国茶。1年ほど前から京都の小さな専門店の気さくで温かい店長に魅かれて頻繁に出入りするようになっていた。仕事のストレスを2〜3時間のくつろぎで癒す空間。32歳のある日にその店が閉店することを聞かされて心にポッカリと穴が開いた。「以前からあこがれていたこんな店を自分で作ればいいじゃないか!」という気持ちがわき上がる。店長からキツイから辞めたほうがいいと諭されても気持ちは揺るがない。
 新社長が社内に招いたカウンセラーに「1年後には独立したい」と打ち明けると、その思いを耳にした経営陣は、「やりたいことをやればいい」と言ってくれた。同時に「このままで辞めていってもいいのか?」という気持ちが芽生えてくる。「自分が身につけてきたものを後輩に伝えてきていないじゃないか…」。自分で期限を設けたことで意識が変わった。
 それまではカッコつけて心を開かなかった後輩たちに自分から話しかける。彼らのことを何も知らないことに愕然とした。仕事帰りに食事を誘い、スキーやスケートにも出かける。すると後輩たちが少しずつ技術的な質問を投げかけてくるようになる。熱心に自分の作業を見つめて盗もうとしている…。与えられたものには反発し、自分で見つけたものに夢中になって取り組む後輩たち。同じ感覚だった自分を先輩たちは温かく育ててくれた。自分もイザというときに頼りにされる男になりたい。企業勤めをすることの現実をハッキリと示してくれた新社長がキッカケとなって、そんなことに最後の最後で気づけた。
 独立準備はまだ少ししかできていないが、決めた以上は最後までやり抜く自信はある。11年間父と同じようにコツコツと業務に取り組んできたからこそ高い技術をマスターしていけた。母のようにお客さんと楽しく会話をしながらできる仕事。「みんなが心を癒せる店にしたいんです」。最後の1年で学んだことが、オープンする店がお客さんを受け入れる懐をなお一層深くするのかもしれない。


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