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3年間積み上げた自信を打ち砕かれて自分を見失いかける。深夜、上司の家に駆けつけた。

 立ち上げて1年の代理店課の2人の上司は、気さくで仕事もできる入社当時からのあこがれの人。「思ったようにやれ」と部下を見守ってくれて、メンバーも団結している。「ここで頑張ってみよう」と、転職まで頭をかすめた「異動ショック」を押し込んだ。
 コタに代わって美容室に営業する代理店を、北海道から沖縄までの電話帳からリストアップして、片っ端から新規開拓をする。限られた時間内での経営者相手の商談。なかなか相手にしてもらえず、契約目前まで持ち込んでもうっかり社長を怒らせて、電話にも出てもらえない。「絶対あきらめるな」と言う上司。勇気を出して車で片道5時間の距離を5〜6回は飛び込むと、5ヵ月目に初契約。1年以上を費やす商談もめずらしくなかった。
 既存の代理店には、月1回訪問して商品講習会や美容室への同行を通じて営業方針を伝えていく。しかし数十人もいる代理店営業マンの隅々までは指導が行き届かずに売上も低迷する。業績日報を前に頭を抱えた。
 「お前じゃ話にならん!」と上司に連絡を取る経営者。あるときは打ち合わせ不足のまま現場指導をして、「勝手なことするな!」と怒鳴られた。連日の出張で肌は荒れて、名古屋ではストレス性の胃腸炎で救急車に運ばれた。
 かつてのように思い通りに進まないあせりが募る。自宅に届いていたコンサルティング会社からの転職勧誘のハガキが脳裏をよぎった。
 夜中12時に上司の家に車を走らせた。「お前は間違っていない。自分らしく思いを伝えればいい」という居酒屋での上司の言葉に、「まだまだ結果を出せてないじゃないか!」と我に返った。父の影響からか家庭では仕事の話を一切しない。長年付き合って結婚した妻は、そんな自分をいつも黙って支えてくれていた。


入社8年目に管理職になる。あこがれの上司に近づくために自分らしく前進していく。

 再び自分ができることを黙々とくり返した。代理店の営業マンに手づくりの資料やお礼の手紙を月2〜3回は送る。小さなことでも電話をかけて、すべての人に声をかけ続ける4年間。一人でも「ありがとう」と喜んでくれればそのうれしさを支えに、経営者に熱意を伝え続けるとしだいに業績は伸びていった。29歳にして主任に抜擢された。
 上司がしてくれたように4人の部下を食事に誘っては、自分の経験からアドバイスをする。会社負担のセミナーにも熱心に参加した。
 しかしチームの業績が気になって、部下の成長を待ち切れずに仕事を引き取ってしまう。部下を育てる責任を抱えてときには厳しく指導もしなければならない。今度は自分が一人ひとりの個性をシッカリ把握して力を引き出してあげたい。あこがれの上司に少しでも近づくための正念場がいよいよやってきた。
 懸命に練習に取り組んで、自信をつけて人の指導もしてきたサッカーや音楽。その道をあきらめて、社会に出てからは多少のことではあきらめないと決意した。上司や仲間の支え、創業社長の「夢は願い続けた人だけ叶えられる」という言葉に励まされて頑張り続けられた。父の「努力は報われるんだ」という声が蘇る。
 来社した顧客に、「いい会社ですね」とよく褒められるこの会社で、いつかアメリカにも事業を広げて、更に多くの人と出会いたい。
 会社の仲間とも家族ぐるみの付き合いをする。自分が育ってきたような「普通の家庭」を目指して、家事や育児にも取り組む。「悔いのない仕事生活があるから家庭も大切にできるんです」と気持ちを引き締めるように語ってくれた。

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