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多方面の人との出会いから、自分の道に気づいたが、家族の作った借金に絶望する。

 26歳のときに「基礎知識をつけてこい」と勧められて訓練校に通い出す。そこには自立した職人を目指しているのにただ言われるままに作業をすることを修業だと思っている人が多くいた。「技術を教えてくれないんだ…」と愚痴をこぼす仲間に、「一つひとつの目的を考えながら取り組めないのなら、もう辞めた方がええで」とアドバイスするとキョトンとされる。自分がやりたいことに出会ったような気がした。
 訓練校には知りたいレベルに応じてトコトン教えてくれる先生がいた。「もっといろんなことを学びたい」と初めて勉強意欲がわいた。いろいろな人に教えてもらうために、学校仲間や友人に声をかけて団体を作った。京町屋の大工さんやフラワーアレンジメントの先生などを招いて勉強会を開いていく。 
 28歳のときには、社会奉仕活動を行う「京都ローターアクト」に入会。多くの参加者を募ったり、人を動かすには何が必要なのかを知った。仲間と一緒になって考える楽しさも味わって、あこがれていた大きな組織で働きたいという思いが募る。
 多くの人との出会いのなかで、せっかく京都にいるんだからもっと職人一人ひとりがブランドになっていいんじゃないか? と思った。以前から自分の名前のロゴを作ってもらってTシャツ化して販売していた「サトルブランド」を展開する会社を作りたい!
 高3のころから親の家計は苦しくなっていて、「毎月20万円を家に入れて欲しい」と言われていた。自分が受注してきた仕事を請負扱いにしてもらったり、建築現場の手伝いや盆栽作りの副業などもしていた。
 「サトルブランド」を展開するためにお金を使いたいと親に告げると、家族が不動産投資で大きな借金を抱えていたことを知る。大好きな親の力になる決心を固めても、「借金返済のためだけに働くのか…」という絶望感は拭えない。IT関連の会社の起業で成功していた兄に相談すると、さまざまな面で力を貸すと言ってくれた。


親方に自分の思いを告げ、「サトルブランド」展開に向けて一歩を踏み出す。

 夢が膨らめば膨らむほど、親方への裏切りの気持ちが強くなる。義理と夢とへの葛藤。「この10年で教えてきたことは何だったんだ!」とだけは言われたくない。「どう言えば理解してもらえるだろう…」。そんな思いが頭から離れない。「いつ切り出そう…」。
 悩み続けた1年後のある夜。ほかの弟子たちが帰って2人きりの作業場。「僕、やりたいことがあるので話を聞いて欲しいです」。意を決して親方に声をかけた。親方に教えてもらったからこそやるべきことを見つけられた。この仕事をしてきたからこそ、多方面の職人仲間に出会えた。1時間、自分の思いを必死に伝え続けた。
 「お前のやりたいことにとやかく言うつもりはない」と理解をしてくれた親方。「寂しいなあ」。最後にポツリと漏らした。
 会社設立に向けて商品企画や販売方法の模索が始まった。賛同してくれた仲間と連日深夜までのミーティングが続く。竹の廃材を利用して作った「幸せ盆栽」、和菓子、ガラスペン…。商品の構想は膨らむばかり。
造園の仕事と会社運営を何とか両立させたいという想いもある。売上も全く見えないままで借金返済ができるのかという不安もある。だが前に進まないと何も始まらない。恥ずかしい目や痛い目にあってもいい。大切なのはどうしてそうなったのか、どうすれば上手くいくのかを常に考えて行動すること。そんなことを職人を目指す若い子たちにも伝えていきたい。
 誰かが手を差し伸べてくれた道を着実に歩んできたからこそ今がある。これからはその役目を自分が担う。あせらず進めば結果を出す自信はある。いよいよ今年に入って『道草』という屋号での事業が始まった。「将来はサトルブランドを世界中に広めたいんです」。武者震いしながらも屈託なく笑って言ってくれた。

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