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企画職も兼任させられて、生産現場も回って知識を蓄えるが、業務は膨大に。

 3年目に入って企画の仕事までも兼務することになる。染色業者と着物の柄を決めて、それに合った白生地を仕入れて帯などのセット販売の組み合わせを考える。上司から「多少の失敗では会社は潰れん」と言われても、最初は生地の買い付けの基準すらわからない。自分自身で学んでいくしかないと、土日のたびに市内の染色工場や、ときには生地産地の丹後まで足を伸ばした1年間。
 昼はいつも売場にいてどんな顧客にも対応して夜に企画を考える毎日のなかで、いつしか担当の大手商社は社内で最も大きな取引先になっていた。手間も売上目標もますます膨れ上がって、以前のように小さな顧客に気配りをした営業ができなくなってくる。新卒採用は凍結状態で後輩もいなくてときに雑用も頼まれた。
 一方で、幹部や営業からは企画のプロとしての商品づくりを求められる。どちらにも集中できない思いを周囲に訴えながら、会議のたびにキレた。「体は一つなんです。あれもこれもできません!」。
 以前から「話だけでも聞いてくれよ」と転職話を持ちかけてきていたコンサルティング会社勤務の友人からの食事の誘いにも初めて足を運んだ。しかし、そんなたびに、「面倒を見てくれた先輩や顧客を決して裏切れない」と思った。
 それでも、やがて顧客から「お前も忙しいしな」と気を使われるようになって、「これ以上は甘えてはいけない」と、異動願を提出すると企画職専任にしてもらえた。29歳だった。


横着になっていく仕事への姿勢。久々の新卒者が入社して自分の役割に気づいた。

 走り回る営業マンに代わって、日中に社内にいる自分が来社する顧客にも対応しながら企画に取り組む。企画案を懸命にメモし続けたノートは20冊以上になって、2000万円の売上を想定した商品が1億円も売れたり、ロングセラーも生み出せた。
 しかし、以前から訴えていた課題の根本的な解決案を出しても、すぐには受け入れてはもらえず不満も募っていく。
 そんな昨年の春、久々の新入社員が大勢入社してきた。商品数は大幅に増えているのに、目を見張るほどのスピードで成長していく後輩たちの姿に強く刺激された。
 企画へのこだわり自体が薄れ始めていて、先輩からも「前のようにもっと思い切っていこうや」と言われていた。「もうわかっているから」と、仕事が横着になっている自分、体制が変わるのを待つばかりで行動を起こし切れていない自分に、初めて気づかされた。先輩として、新卒の彼ら彼女たちに、自分と同じ思いをさせずに自立に向かっていってもらいたい。新人向けの丹後での産地研修などを自ら率先して実行に移した。
 会社の業績はしだいに改善していて、同業の中での発言力も増している。そんななかで日本女性の伝統ファッションを守る大手メーカーの責任として、数年前から会社が取り組む職人の高齢化の課題解決に関わったり、得意先の要望で中国での生産にも携わった。現地の人から「西林さんのような若い人が来るなら、まだ日本の着物業界にも未来がある」と言われて責任も痛感する。いよいよこれからリーダーとして会社や業界全体を引っ張っていく。
 基本の大切さを学び、仲間たちと過ごした青少年期。後輩がいないなかでも大切にしたいことに自分なりこだわると大きな期待をかけてもらえて、思いを素直にぶつけ続けるといつも周りが支えてくれた。
 「もしかすると今までは本当の本気じゃなかったのかもしれません」と謙虚に笑った。


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