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30歳で開業する。営業活動がなかなか実を結ばなくても、地道に信用を積み上げる毎日。 5人ののんびりした会社で実務を学びながら、半年後からは予備校にも通って、仕事後にも資格取得の勉強を3〜4時間する毎日。しかし、もっとハードな職場も経験したくて2年で退職。受験勉強に専念する半年を送って、2度目の挑戦で資格を取得した。29歳になっていた。 独立も頭をよぎるが、実務を学ぶために成長中の総務請負会社に就職する。手が空けば担当外の業務も手伝って税務の知識まで学んでいくが、同僚たちは激務に追われて疲れ切っていた。その様子を見て、もっと自由に仕事を進められる独立への想いがどんどん膨らんでいく。「嫌な会社勤めを続けるよりも、一度開業して自分なりの結論を出してみよう」。一年間の生活費200万円が貯まると4ヵ月で退職した。 実家に事務所を構えて30歳で独立。設備や開業登録などの予期せぬお金がどんどん出ていっても、「バイトしてでも3年は絶対続けよう」と決めた。ところが近所の会社に営業してもまったく成果は出ない。前の会社の手法を真似て、求人誌から歴史の浅い企業をピックアップして、月50枚の手づくりDMを送っては連日飛び込んだ。 訪問先の冷やかな断りにも、「訪問した営業マンのことなんて誰も覚えてないんやから」と自分に言い聞かせる毎日。条件を満たした採用や教育をした企業に国から支給される助成金などを営業トークに、給与計算代行や就業規則変更などの提案もする。ようやく3ヵ月後に初受注できた。 信頼がないのを補うために安い仕事も引き受けて、自信がなくても質問には必ず即答して帰宅後に慌てて確認したり、書類の不備に気づけば何度でも顧客を訪ねて、丁寧に信用と経験を積んでいく。勉強会などで出会った若い同業者とも意見を交換して業務に没頭した。 資金を食いつぶす日々を乗り越えて、ようやく事業存続の道が明確に見えてきた。 ところが1年後にはついに資金が30万円にまで減って、慌てて郵便局で深夜のアルバイトもした。日中は引き続きDMと電話や飛び込みで、コツコツと営業に打ち込んで不安を打ち消す日々。すると顧客の紹介などで顧問契約が少しずつ増え始めた。 2年目には何とか生活はできるようになるが、顧問先には催促しても手続きを後回しにされて、申請期限間際になると業務が膨らんだ。「先生」と呼ばれながらも深夜に呼び出されたり、契約外の書類の作成、専門外の仕事も依頼される。 時間がどんどん取られて新規営業をする時間が捻出できなくなってくる。ミス次第で発生する賠償責任や、体を壊せば収入が途切れる不安が常に付きまとう。 しかし、月1回は用事がなくても地道に顧問先を訪問して信頼をより強固にしていく。経営者や従業員から相談されて、行政から支払われる手当や還付金のアドバイスをして、「助かったわあ。ありがとう」と喜ばれるときが、「今日はいいことしたなあ」と何よりも気分がよい。 ようやく年収は同年代の企業人に近づいた程度。同時期に開業した同業者の中には大手企業の顧問先を持ったり、セミナーを開いて手広く活躍して何倍も稼ぐ人もいる。しかし自分のやり方でコツコツとやっていきたい。ときおり友人に会ったり読書などをすれば孤独も感じない。早く人を雇えるだけの収入を得て同業者とのつながりを更に広げたい。 周囲に目標となる大人が見当たらないまま社会に出て、方向を見失いかけても常に動き続けて出会った社労士。友人づくりが苦手な自分に躊躇しながらも後悔しないために独立して、地道な努力を続けたからこそ、自分のペースを守ってかつ喜びを実感できる働き方を実現できた。 「今魅かれるのは、敢えて困難な中に飛び込んで生き抜いた勝海舟です」と、おどけるように笑った。 物語に関するご感想などをぜひお寄せください。 |
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