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成長していない自分に、上司からの容赦ない言葉。「後輩に迷惑な存在だ!」。 5年目を迎えたころ、自分よりも後輩たちのほうが早く仕事を覚えていくことにあせりを感じ始める。上司からは「いつまでも部下のつもりでやるな。下はどんどん詰まってるぞ! 早く俺の仕事を取っていけ!」と何度も言われるようになる。しかし、その状況からどう抜け出したらいいのかわからない。1人で考えれば考えるほど深みにはまっていった。 先輩や後輩たちと食事をしていたホテルの部屋。上司から「自分から自分の状況を打破していない」と、4時間あまりも詰め寄られる。「後輩があこがれないような先輩は、後輩にとっても迷惑なんだ。そんなヤツは会社に要らないよ」「お前の味方は誰もいないかもな」とまで言われた。終始うつむいたまま何も言い返せなかった。「これで会社から辞めさせられる…」。 帰国後も、社内のみんなから邪魔もの扱いされているのではないかと思うと、自分から人の輪に入らなくなり、孤独感が増していく。自分のいいところが何も見つからなくなっていた。 自分から会社を辞めたほうが気持ちがスッキリするのはわかっていた。インターネットなどで転職情報の収集もするが、このまま辞めてしまってみんなから負け犬と言われるのだけはイヤだった。 「そんなときこそ積極的にみんなのなかに入っていかないとダメですよ」。後輩が声をかけてくれた。自ら孤立することをしていたのか!「ありがとう」。素直に頭を下げた。頭の中だけで上司の仕事をどうしたらとれるのか、後輩に技術をどう教えようか、そればかりを考え、結果を恐れて何も行動してこなかった自分自身にようやく気づいた。半年後のことだった。「自分のことを気にかけてくれたからこそ怒ってくれたんだ!」。しかし、そうは気づいても、大きな前進は実感できないまま3年が過ぎた。 上海工場への配置転換。就任早々、大勢の工員を前に宣言した。 29歳。シカタでも高い技術力を誇る上海工場に配置転換された。適任者は他にもいそうなのに…。不安だけがつのる。 だが、上海工場への異動はこれまでの仕事のやり方をもう一度やり直せるチャンスだと思った。日本人同士でもなかなか気持ちが通じあわないことがあるじゃないか。気がすむまで工員の話を聞こう。そう決意した。 就任早々、工場のみんなの前で宣言した。「私の考え方は間違ってる、以前の作業のほうがわかりやすかった、そんな意見があれば何でも言ってください。そのかわり僕も遠慮なしに言いたいことを言います」。 技術的にわからないことがあれば、常駐で技術指導してくれている職人さんや工員のみんなと一緒になって考えるようになった。工員のほうから逆にアイデアを提案してくれることもある。 日本と中国を往復する生活を始めて9年。年々職場や生活の環境はよくはなってきているが、肉体的にキツイことには変わりはない。しかし、自分の技術指導でうまく商品ができ上がり、工員のみんなからほめられたときには何とも言えない充実感がある。自分の仕事のやり方や気持ちの持ち方が以前とは変わってきている。会社は、そこまで考えて上海工場を任せてくれたのではないかと思う。 中学生のころから思っていた「手に職をつけたい」という気持ちが今、結実してきている。自分から逃げ出さないことで、自分の殻を破るチャンスを与えてもらえた。技術的なことは誰にも負けていないという自信もできつつある。 そして、「大勢の人たちと、ひとつのことを共有できる楽しさがある限り、この仕事を続けたい」と語ってくれた。 物語に関するご感想などをぜひお寄せください。 |
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