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25歳の若さで店長に抜擢。スタッフの反発にあって、店づくりの信念も揺らいだ。 ところがしばらくすると本部から店長昇格の辞令が出る。「俺にできるのか」と不安を覚えながらも、先輩店長に教わりながら、閉店後の深夜に売上試算書づくりに1週間も格闘する。 店では、方針がなかなか定まらずに、年上ばかりの社員やアルバイトからも反発されて、自分の時間を削って仕込みをした。社宅で知り合った実力派の店長は競合店への視察に誘ってくれたり、家でも顧客の視点から見た店づくりを熱心に教えてくれる。「言わなアカンことを言わんと店長の値打ちはない」と助言されて腹を括った。弟妹を作ってやろうと思っていた2人目の子どもが生まれていた。 範を示すために、寝坊をすれば高速を使ってでも始業時間に間に合わせ、スタッフが思うように動いてくれなくても外壁をどついてストレスを解消する。反発するアルバイト一人ひとりに話をして働く姿勢を伝えて、ヤンチャ坊主には「裏で、制服脱いで男の話しようや」と体当たりでぶつかった。金髪のバイト学生が就職活動で髪を黒く染めたのを見て、「俺が生活をかけている会社を馬鹿にしとるんか!」と怒鳴りつけた。 業務への真剣な取り組みを求める代わりに、スタッフで山分けできる売上達成の報奨金にこだわって毎月目標をクリアさせたりしていくと、少しずつだがシフトの変更や営業時間の延長などの無理を聞いてくれるようになっていった。 頑張ろうとするスタッフにはできる限りのバックアップもした。熱心なアルバイトに規定外のボーナスを出すように本部にかけ合い、客から対応ミスをしたアルバイトを「辞めさせろ!」と言われても、「教育不足は私の責任」とかばう。 ときには借金を抱えた後輩の私生活まで相談にのった3年間。自分の思いのままにぶつかっただけなのに、転勤で店を離れるときには大勢のスタッフが別れを惜しんでくれた。 中型店の店長として、売上に苦しみながらも、地道な店づくりを貫いていく。 29歳で現在の中型店の店長に。新入社員をよく預けられるようにもなっていた。3人目の子どもの誕生に力を得て、「手持ち無沙汰でも腕組みするな!」「セットの料理は一緒に出そう!」と、当たり前のことを当たり前にできる接客を、口を酸っぱくして指導し続ける。その厳しさに強い反発も出て、人手不足をカバーして働くと体重は5kgも減っていた。 恒例になって辞められなくなっているセールを中止したり、隣に競合店ができたりと、たびたび売上も落ち込んだ。「本当にこんな地道な活動で挽回できるのか?」という不安を自分自身で打ち消す日々が続く。 社長自らが励ましてくれたり、知らない間に本部がチラシを配ってくれているその期待に応えたい。休日にスタッフと釣りに出て気心を通じ合わせて、営業時間を延長したり、みんなで住宅地や草野球グランドで割引券を配ったりする毎日を過ごすと、しだいに客足は回復していった。 入社当時と比べて会社には大卒社員も増え、研修やマニュアルも充実してきている。しかし、ひたむきに頑張り続ける大切さや、顧客の立場に立ち続ける気持ちを教えるのが一番難しい。かつての部下たちから今も相談されたり、自分を信じて付いてきてくれた後輩たちの成長を見るのが何よりもうれしい。いつしか社員たちに、「バイトの面倒を見てやれよ」と言っている自分がいた。 小さいときから多くの大人たちを見て、目先の損得ではなく筋の通った生き方をしようと、正しいと思うことには結果を恐れず行動して、目の前の仕事に全力を尽くした。その姿勢を見て多くの人が力になってくれた。 家族のために家も買って、時間を割いて旅行や買い物に出かける。独立にもあこがれるが子どもたちにお金を残してあげたい。「子どもたちや若い子らに、逃げずに頑張ったら自信がつくで、と言ってあげたいですね」。そう力強く語った。 物語に関するご感想などをぜひお寄せください。 |
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