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拭い切れない不安のなかで、変化の少ない仕事と並行してさまざまなことに関わっていく。 少しずつ限られた世界でのコミュニケーションに閉塞感が募ってくる。出入りするエンジニアから、いくつもの会社を渡り歩いている話を聞くと、「スゴ腕だな」とまぶしく見える。大手メーカーに就職した大学時代の友人は何百人もいる同期にもまれて昇進に向けて英語を猛勉強中。建機レンタル会社に入った弟は、地図1つもって現場へ飛び込み営業をしている。 「みんな自分を磨いているなあ…」。残業は多いが、叱られることもなく自分のペースで仕事ができる。子育てしながら働く人も多い。大学という働きやすい環境にいる自分に対するコンプレックスが芽生えてくる。 26歳のときからは中学の先輩の紹介で東京や山形の人たちと月1回現地へ飲みに出かけたり、Linuxの研究発表会に参加していた他の団体と意気投合して進んでイベントの準備を手伝うようになった。 外部の人との接触で少しはストレスが解消されても、大きな変化のない仕事のくり返し。予定の2年が過ぎても完了のメドが立たず、「本当にやり遂げられるんだろうか」という不安や責任感にも押しつぶされそうになる。「これが終われば新しいシステムが作れるんだ!」と懸命に自分に言い聞かせた。体は疲れていても、担当でもないLinuxやネットなど今までの知識が活かせる分野の会議などに、声をかけられるたびに喜んで参加していった。 4年間にわたる移行作業のゴールがようやく見えた就職8年目、30歳を前にして入学センターへ異動を告げられる。「やっとこれから開発に取り組めると思ったのに…」。 ゴールが見えた矢先の人事異動。業務に追われても多くの出会いを楽しむ。 少子化の中で大学経営の死活問題となる学生募集という重要な業務。突然の内示に動揺はしたが、以前からシステム関連の仕事で入学センターでの業務もある程度知っていた。「学外の人にもたくさん会えそうだし…」とすぐに気持ちを切り替えた。 試験実施の準備や広報のほか、願書の入手が不要な「インターネット出願」の実現に向けて、経験を活かして業務推進していった。受験勉強や入試についての質問に教授や職員が答える受験生向けの会員制サイトを作って、自らも返事のメッセージを書く。 入試が終わる3月にはもう翌年の入学案内作成を始める。取引先の印刷会社に頭を下げて制作期間を短縮してもらったり、全国各地の高校への学生募集活動や入試説明会…。他部署より依頼される仕事から、関係者や取引先にお願いする仕事ばかり。最初は不安やとまどいもあったが、前の職場のときから業務を超えていろんな部署の人と関わってきたことで、比較的スムーズに慣れることができた。 4年が経った今でも毎日22時まで残業しても時間が足りない。繁忙期は2カ月に3回しか休めず、仕事柄から土日出勤も多くて外の友人にもあまり会えなくなる。それでも受験生や保護者、高校関係者、広告代理店、出版社などさまざまな人たちとの出会いが刺激的で楽しい。 いろんな人を巻き込んで仕事をしていく重要性や楽しさも知って今の仕事にとても充実を感じる。2003年秋には最年少で課長補佐に昇進して、大学の今後のビジョンを考える委員会の運営にも携わる。 「異動していなかったら外にやりがいを見出して転職を考えたかもしれません」と言う。父や高校の演劇部などから学んだ、自分の時間を割いてでも責任感をもって物事に取り組むことの大切さ。あこがれの祖父に近づきたくてどんなときも自分から人に語りかけてきた。そんな変わらない姿勢が閉塞感を破り、多くの人からの信頼を集めて重要なポストを任されていく。 広島にいる両親に何かあったら自分が面倒を見ようと思っている。「そのときにどこでも通用するように少しでも自分を高めておきたいんです」。取材中の笑顔に頑張ってきた自分への自信があふれていた。 物語に関するご感想などをぜひお寄せください。 |
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