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転職先での新たな壁。結婚も仕事も充実させたくて起業という道を選んだ。 「今度こそ自分の力を試せる仕事に就こう!」と考えて、24歳のとき「学歴不問・女性のみ」の発毛サービス会社に転職する。ミスをすれば男性のように怒鳴る上司。10分刻みで訪れるお客様の対応にひたすら追われる毎日。結婚すればとても続けられそうにない。個人の意見にはシッカリ耳を傾けてくれる会社のなかで上司にも恵まれて、何とか逃げ出すことなく激務に取り組み続けた。 歯科医院勤めをしていた田中さんと「こんなはずじゃなかったのに…。特許を取ってブームを起こしたいね」と試行錯誤するなかで、「アイデアをもっている消費者と企業とをインターネットで橋渡ししたら?」という案がわき上がる。26歳。結婚して子供を産み、幸せな家庭を作りたいという想いもある。同時に妻や母という役割だけではなく、自分の存在意義と充分な収入を得られる仕事も続けていきたい。これならその両方が手に入るかもしれない! 「絶対成功する!」と確信していた。すぐにビジネスモデル特許申請の相談に出かける。京都商工会議所の坂口俊一さんと出会った。「商売を全くわかっていない。辞めてしまいなさい!」という声にも2人の自信はまったく揺らがない。思い余って勤めていた会社を2年半で退職してすぐの2001年元旦、念願のアイデア募集サイト「未来製作所」をオープンした。しかし一向に仕事の依頼は入らない。交流会に参加して人脈を広げたり、1日20〜30件の飛び込み営業も試みるが成果は出ない。 再び坂口さんを訪ねて事業計画書の書き方の指導や営業先の紹介をしてもらうなかで商売の知識のなさを痛感した。その年の7月、田中さんを引き込んで本格的に動き始める。 経営存続の危機に遭遇した。周囲の人に助けを求めながらできることから行動した。 初仕事の入金が記された通帳を見たときは飛び上がって喜んだ。小さいながらも少しずつ入ってくる仕事の依頼。しかし250万円の資金を取り崩す生活が続いている。起業して出会ったベンチャー社長たちの説得力ある落ち着いた風格にあこがれて仕草をマネてみる。「アルバイトで生活費を稼ごうか?」。田中さんと帰宅後も今後について話し合う。あせりから眠れない夜が続いた。 起業から2年後には貯金が3万円までに減って「もう無理なのかもしれない…」と、2人で頬杖をつきながら京都リサーチパークの窓の外に広がる澄み渡った空を眺めた。40度の熱をおして働くあるベンチャー社長がいる。果たしてそこまで頑張ってきたのか?「やっぱりこの仕事が好きだ! 努力が足りなかっただけ」。そんな考えにたどり着いた。 「最近、なんか五十川らしくないよ」。田中さんからの指摘。「カッコつけるのはやめよう。できないことは認めてもう1度頑張るんだ!」。応援してくれている両親や友人たちの思いを裏切るわけにはいかない。何より自分が納得できない! 坂口さんやベンチャー経営者仲間に相談をもちかけ、顧客には情熱を持って語りかける。ホームページの更新や営業先への訪問など昼夜を問わず動き続けると自然と売り上げは伸び始めた。しかしまだまだ自由に買い物したり友人と会う暇もお金もない。それでも辛いと思ったことは1度もない。 壁に当たっても田中さんをはじめ坂口さんなどの信頼できる人に、本気でぶつかることでいつも助けてもらえた。どの職場でも精一杯もがいてきたからこそ、本当に自分が求める働き方に気づいた。 厳しくも必ず話を聞いてくれる父、その陰で黙って家庭を守ってきた母、いつもよきライバルであった田中さん。この環境で育ってきたからこそ「家庭を大切にしながら有意義な仕事もする」という自分の目指す生き方を確信できたのかもしれない。おばあちゃんになっても「一番の趣味」である仕事を続けたい。心から応援できる無二の家庭のパートナーに出会える日を楽しみにしている。 物語に関するご感想などをぜひお寄せください。 |
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