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超人気メーカーに転職。5年は頑張ると宣言するが入社3日で退職を考える。

 大手企業を中心に転職活動を開始する。約2カ月後、あこがれていた東京の超人気メーカーから採用通知が届く。「何で関西じゃなくて東京なの?」と、出産を終えたばかりの妻。「東京で仕事ができるのは今しかない」と必死に説得。最後は「最低5年は勤めるから」と言い切った。
 待っていたのは理想とまったくかけ離れた世界。朝の9時から夜9時まで、請求書100枚の束を一枚一枚チェックしながらコンピューターで処理するだけの仕事。
 転職先には有名国立大学をトップの成績で卒業してきた同僚が大勢いた。仕事はできるうえに人前でのバカ騒ぎも平気でできる、酒の席でも決して人の批判などはしない。「俺はできる」とのぼせあがっていた自信を見事に打ち砕かれた。
 「辞めたい」。3日目にはもうそんな気持ちでいっぱいになる。今の仕事が将来の独立のために何の役に立つんだろうというあせり。税務の仕事から離れていく怖さが増していく…。
 1カ月後、横浜に借りた家に妻と子どもが引越しをしてきた。妻は「どこの幼稚園に入れようか」「今度の休日はどこへ遊びにいく?」と、楽しそうに話しかけてくる。だが、すでに心の中で辞めることを決めていた自分には「そうやな…」と答えるのが精一杯。「身ぐるみ固めて東京に出て来たのに何しに来たんやろう、妻に申し訳ない」と、自問する日々が続く。「将来、独立して成功するからな」という思いだけが自分の心のより所だった。
 9カ月後、やっとの思いで妻に相談する。言った時点で腹を決めているなと思ったのか強い反対はなかった。京都へ帰る車の中。少しうつむきかげんにぼんやりと風景を眺める妻に「東京は新婚旅行に行ったみたいなもんや」「関西で育てたほうが子どものためにもなる」と、わざと未来の明るい話題ばかりをくり返した。それが自分自身へのなぐさめにもなるかのように…。


転職先の会計事務所で経営ノウハウを学び、念願の独立を果たす。

 京都に帰るとすぐに、業界の革命児的存在の所長にあこがれて川端会計事務所に就職、チームリーダーに就任した。権限はチームごとに与えられ、税務での様々な経験と、念願のマーケティングの実戦や経営のノウハウを少しずつ学ぶことができるようになっていった。
 同時に独立に向けてのネットワークづくりに奮闘する毎日を過ごす。平日の夜や土日も走り回る。信頼される人脈づくりをしたいと、これまでに20種類の異業種交流会に参加した。
 2002年11月、1年後に独立する決意を所長に伝えた。顧問料は月数万円程度しか見込めそうになく、開業資金のあては公庫しかなかった。家のローンも抱えている。情熱のある人を採用し、その力をどこまで引き出すことができるか。不安だらけの決断。本当の正念場。だが、目先の顧客やお金だけを追いたくはない。税理士は顧問先と利害関係のない立場にあるのが本来の姿。「その使命感からはずれてまで利益追求をしたくない」。
 昨年の11月、大阪の南森町に事務所を構えた。15歳で税理士としての独立を目指してから、ようやくここまでこぎ着くことができた。あせっていろんなことにぶつかっても、夢を強くもち、精一杯頑張ってきたからこそ少しずつ前に進めた。
 「業界を変えたいんです!」「自分で自分に火をつけたいんです!」と、熱く語ってくれた。

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