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一つの狭い世界に長年浸っている焦燥感。成果を感じられない営業活動へのいらだち。

 業務にも慣れた26歳のころから番組企画をある程度決裁できるようになる。以前から温めていた「京都らしい番組を作りたい」という想いに向けて、たまの休日にも書店やギャラリー、美術館で情報収集をして、社外の関係者とも積極的に接すると独自の人間関係が構築できていく。東京の制作会社にも接点を求めて番組を立ち上げて、新しい刺激も受けた。
 担当の番組に学生時代から出演していた京都のミュージシャンが次々とメジャーデビューしたり、思い切った演出に挑戦した番組の聴取率も伸びて手応えを掴む。ときに「辞めたい」と漏らすスタッフと励まし合い、意見をぶつけ合って番組ができ上がっていく喜びを実感していた。
 しかし、制作会社のスタッフの多くは30代で独立していくこの職業。「本当にこの狭い世界の中だけで生きていていいのか? 自分自身を見つめ直す時間が欲しい」という思いも募る。28歳で結婚していた。仕事が忙しくても温かい家庭を守った父の姿も脳裏をよぎった。「もっと大きな視野を持ちたい」と思い始めたとき、営業への異動辞令が降りた。
 広告主開拓のために飛び込み営業をしても、広告料や企画が合わずに話も聞いてもらえない毎日。何とか契約した店の広告では、小さなミスで「無料であと2回流せ!」などと無理難題を要求される。広告代理店との意思疎通不足で納期を間違えたり、企画書を全面的に直されて、今までとまったく異なる立場に置かれた自分に、「一日を無駄に過ごしているんじゃないか?」としか思えなかった。


営業経験を積むうちに広がる視野。仕事と生き方の両方の夢に手応えを感じる。

 炎天下に汗だくのシャツで歩きながら、「逃げ出したい」という想いがこみ上げる。動いても動いても売上につながらない自分へのいらだち。それでも「売れないときもあるよ」と力づけてくれる上司や同僚、「反響が出てるよ」と喜んでくれる広告主に励まされて1年間を過ごした。地道な営業活動が実って、担当地区の売上や聴取率は少しずつ上がり始めた。
 編成時代には出会えなかった多くの人と関わるなかで、あれほどこだわっていた選曲や構成はリスナーにとってそこまで重要ではないと気づく。広告主のニーズは料金に見合った効果。いつしか視野が格段に広がっている。
 「まずはFMラジオという媒体の見直しや、将来性のある異業種からのアプローチなど、今までとはまったく違った角度からリスナーを増やすことが大切なんじゃないのか」と、様々な案が浮かんでくる。今は営業を通じて応援してくれる、頼れる人を増やす時期。「自分自身のリセットをしよう」と決意した。
 代理店へまめに足を運んでは一人ひとりと意見交換をする。親しい広告主が増えてくるのもうれしい。温めているアイデアをいずれ企画として固め、いつかクライアントや放送局という立場を超えた様々な企業が連携して情報発信していく新しいFM局としてのしくみを作りたい。
 力任せでは物事は進められないことに気づいた少年時代。父がこだわって進学させてくれた大卒という肩書きが通用しない職種に就いても、簡単に逃げ出すことなく、人を巻き込みながら形を作っていく力を少しずつ身につけてきた。力を合わせる仲間は、コツコツと頑張れば社内外に作っていける。
 自分が育ってきたような温かい家庭を築いていきたい。「営業に変わって時間もコントロールできるようになりました」と顔をほころばせた。

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