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陶芸の仕事に没頭するあまり、気づけばまた孤独に陥っていた。 27歳。卒業も近くなり就職先を探してみた。もともと求人が少ないうえ、年齢などの条件を満たすものが見つからない。「ダメでもともと」という思いである工房を訪ねてみると採用してもらえた。 茶道具を作る小さな工房。陶芸を仕事にできたことがうれしくてしかたがない。給料は13万と安かったが、トイレ・キッチン・シャワーが共同の貸間での生活も、かけ出しの職人らしくて楽しめる。自分が関わったものが形になる喜び。生活が苦しくて友人と買い物や食事にも行けなかったが、仕事さえできればそれでいいと思った。職場と家との往復でほとんど毎日が過ぎていく。 3年後、不況のあおりで少ない従業員のうち同世代の2人が退職した。自分もいつ同じ立場になるかもしれない。同業の転職先など簡単には見つからない。ちょうどそのころ、結婚願望のなかった自分が初めて結婚したいと思えた人に失恋してしまう。心が不安定になり、何をどうしていいかわからない。親しかった友人に連絡する気にもなれない。陶芸を捨ててもっと安定した仕事に転職することまで考え、ぼんやりアルバイト雑誌をめくる日々が1年も続いた。 「このまま1人でいたらダメになる。誰かに話を聞いてほしい、今の状態から抜け出したい」という思い。自分が壊れてしまいそうだった。なんとか思い立って受話器を手にとり、3年間会っていなかった専門学校の恩師に会うために、京都市内で開かれていた卒業展会場へ足を運んだ。展示室の奥にある休憩所で自分の悩みを打ち明ける。「目の前にある環境で自分にできることを考えなさい」「陶芸以外の伝統工芸の世界を見ることも大切だよ」。その言葉に、来場者の目をはばかることなくいつまでも泣き続けた。 ものづくり塾やアルバイト先での多くの人との出会い。「自分の居場所」を見出した。 「ものづくり塾に参加してみたら?」と友人に誘われた。京都ものづくり塾は、職人と消費者の橋渡しとなり、京都の伝統産業を元気にするため活動しているNPO。伝統産業に関わる人も一般人も、興味があるすべての人が対等な立場で語り合えるという定例の「円卓会議」に参加してみた。よりよいものづくりを模索して白熱する議論。特に同世代との交流は大きな刺激となった。 塾長である滋野浩毅さんの紹介で、伝統工芸品を扱う京町家でのアルバイトも始めた。スタッフは町家や伝統産業を通じて京都の文化を活性化することに意欲的な人ばかり。さまざまな伝統工芸の作家や職人との交流ができ、消費者の反応もじかに感じられる。自分の作品の写真を見せると、「こういうものが欲しかった!」といってくれた人もいた。「ただ作品を作りたいんじゃない。自分にできる陶芸をキッカケにして多くの人々に京都の文化や歴史の素晴らしさを伝えたい」。 ものづくり塾での人々との交流のなかで、京都という町のよさを改めて感じていた。ちょうどいい街の大きさが伝統産業を人々の身近なものにしてくれる気がした。陶芸で生活するにも、いろいろな方法がある。1人でこもっているとそんなことに気づけない。自分らしい自分だけのやり方があるはず。今の仕事を続けていく決心がついた。 「技術も大事やけど、人の縁が一番大切なんやで」。そんなことも言ってくれた専門学校の恩師。一度はあきらめることも考えた陶芸の世界から逃げ出さなくてよかった。多くの人との接点を通して本当に自分のやりたかった仕事の形が見えてきた。それがきっと「自分の居場所」になっていく。 物語に関するご感想などをぜひお寄せください。 |
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