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孤独に耐えかねて働き出して 生まれた向上心。離婚を決めて自ら動く大切さに気づく。

 結婚8ヵ月目に意を決して就職活動をすると、東大阪の工業団地にある特殊印刷会社からMacオペレーター兼事務として採用してもらえた。
 DIY店向けの花や苗の写真入りラベルの事業を立ち上げたばかりで、経験豊富な派遣社員にマックの操作を教わりながら、5人の年上のメンバーと共同作業。言われた通りにやるのが楽なのに意見まで求められて最初は苦痛に感じても、店頭で自分の意見やデザインが採用された商品を見るとしだいに向上心が生まれてきた。頻繁に22時ごろまで残業して先輩にも堂々と主張をぶつけて、ときにケンカをしながらも有意義に過ごした。
 しかし、夫との関係はしだいに悪化して些細なことでケンカが絶えない。両親のように会話の多い温かな家庭を作りたかったのに現実は理想とかけ離れている。それでも実家近辺の狭い人間関係を考えると世間体が気になって、簡単に離婚にも踏み切れない…。
 母と何度も相談を重ねた。しかし、修復に向けて躍起になって会話を持ちかけるたびに、夫は逆に仕事に逃げて土日すら家に寄り付かなくなった。いつしか楽しかった仕事も手につかないほど悩み抜く1年間。「やるだけやったしもういい!」と、28歳で3年の結婚生活に終止符を打った。
 誰かが決めてくれるのを待つのではなく、自分で道を切り拓かなければならないことに初めて気づいて、一人で大阪に残った。犬とのワンルームでの生活。近所の公園で見知らぬ人にも積極的に話しかけた。知り合いになった独身女性たちに刺激を受けて、アクセサリーづくりなどに挑戦して、Webやプログラミングの勉強も始めた。
 しかし、ふと両親を見ると、この1年で髪の毛が真っ白になっていた。「もうこれ以上心配をかけられない…」と実家へ舞い戻った。


肩肘張らずにつけたスキルで大きな職場に挑戦。自分らしさが認められていく。

 すぐに働こうと、ある派遣会社からDTPの仕事に就くが、派遣元からのフォローもなく3ヵ月後には突然契約解消。アルバイトとして残っても、業務全体の流れは教えてもらえず物足りなく感じて4ヵ月で退職。
 世界に事業を展開している人材派遣会社のアデコに登録すると、それまでの経験やパソコンスキルを買われて、すぐに大手通信会社の営業事務の仕事を紹介してもらえた。机とパソコンがひしめく巨大なフロアで、有名大学出身者ばかりの営業部員をサポートする。派遣でなければなかなか働く機会のない職場での不安と緊張に包まれた。
 それでも「やってみなきゃわからない!」と、少しでも効率的な手順を考えたり、先を見越して頼まれたこと以外の準備をする日々。能力以上のことを要求されても「できます!」と答えて挑戦するようになっていた。少しずつ頼りにもされて社員並みの責任ある仕事を任されていく。
 自分のサポートで営業が大型案件を受注したり、労いの言葉が自信につながる。フロアに散らばる他の派遣社員たちの声を聞いては、熱心にフォローしてくれるアデコの担当者に伝えたり、派遣先の若手社員たちから人生相談をされると、「ほら、頑張らんと!」と励ました。自分らしさを取り戻したそんな1年を過ごすと、いつしか周囲から「お姉ちゃん」と呼ばれるようになっていた。
 周囲から導かれるままに過ごして社会に出て、肩肘張らずに必要とされるスキルを身につけていった。結婚生活に夢破れて、覚悟を決めて自分で自分の道を切り拓く大切さに気づいて動き出すと、幼少期のような姉御肌を発揮できる職場にまで出会えた。
 独身女性仲間たちに「40歳でホノルルマラソン完走」を提案して、今年は10km制覇を狙う。コツコツと努力すれば何でも少しずつできるようになっていくことを知っている。「今度は信頼できるパートナーを見つけたいですね」と、キラキラとした目で語った。

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