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半年後に降格して7カ月間店舗運営を教わった。そして、妻が子どもを身ごもった。 河原町店配属と同時に結婚していた。共働きの妻は深夜になっても起きて待っていてくれた。「なんで毎晩こんなに帰りが遅いの?」。仕事の話をするたびにケンカになる。「なんでわかってくれないんだ。接客業はこれが当たり前なんだ。お前とは価値観が違うよ」。半年で3回もの離婚の危機。親を交えての話し合いも何度も行われる。 目もうつろになり、もともと軽かった体重がさらに5キロ減った。体力的にも精神的にもすでに限界。ふと、独立して地道にチラシ配りなどで顧客開拓していた父のことが頭をよぎる。「あれだけやっていても大した贅沢はしていない。俺には到底独立なんてできない…」。半年後、研修としてのリプトン三条本店勤務という降格を命じられた。 そこでのフクナガで長く勤める店長はほぼ毎日6時で退社して、翌朝一番に出勤しては前日の掃除の不備を指摘する。「灰皿が片付いてない」「観葉植物の位置が違う」…。あまりに細かい指示に「細けー! これ以上注意されてたまるか!」と反骨心に火がついた。深夜に店へ戻って施錠を確認したり、ときには身に覚えのないミスを指摘されて押し問答にもなった。 しだいに高くなる要求にも無我夢中で食らいつくなかで、いつの間にか素直にわからないことを尋ねていた。店長の揺るぎない指示のなかで店舗運営のノウハウが少しずつ身についている。「従業員を信頼するからこそ責任をもたせてくれているのか。なんて俺は甘かったんだ…」。店長が早く帰る理由にやっと気づいた。 少しずつ以前より時間に余裕ができてきて、仕事に対するお互いの理解も深まっていた妻が妊娠する。「自分のやりたいことのために家庭を犠牲にしたくない」と強く思った。「家族との時間も取ってあげろよ」と言ってくれる店長。「そんなところまで考えてくれているのか…。俺も若い子たちに仕事を通してそれを伝えたい!」。 再び河原町店へ舞い戻る。家庭を大切にしながら人を育てる今の仕事を続けたい。 店に頻繁に顔を出してはスタッフと会話する社長から「もう1度河原町店を頼む」と7カ月後に告げられた。その顧客満足を最優先する考え方に強く共感していた。 「ゆっくりと見ていこう。わからないことは頭を下げて聞こう」と思った。休憩中にもバイト一人ひとりに話しかけてそれぞれの性格を理解していく。顧客の立場に立った店作りという自分の方針を理解してもらうために、掃除や接客姿勢などを根気強く説明してできるまでやり直させた。一人ひとりに責任を与えて、頑張ればほめることも忘れない。しだいに信用が深まっていく。 「いつかは好きな道へ進んで欲しい」と、就職活動をする学生バイトには自分なりに助言もする。テキパキ動けなくても笑顔で懸命に接客してさえいればシッカリほめる。1年が経ったころには7時には帰宅できるようになった。社長が「いい店になったな」と言ってくれた。 29歳で社内最大規模のリプトンポルタ店の店長を任された。河原町店の送別会ではバイトから「店長と巡り合えて考え方が変わりました」という多くの手紙をもらった。また一からのスタートでも、今までの経験があれば顧客にも従業員にも喜んでもらえる店作りがきっとできる。 社会へ出てから常に目の前のことに本気でぶつかってきたからこそ大きな痛みも感じてきた。そしてその出会いのなかから、大切にしたい働き方や「自分と関わるすべての人に幸せになってもらいたい」という本当の気持ちを体感できた。今は人を育てるこの仕事が楽しくてしかたがない。 子どもは2人。両親にも頼りながら進んで家事・育児に取り組んでいる。「飲食だから長時間勤務も当たり前、という考え方では人の成長も止まってしまう。従業員もお客さんにも楽しんでもらいたい。そうすればきっと売上は後からついてくる」と語ったその顔は、大人のガキ大将のように輝いていた。 物語に関するご感想などをぜひお寄せください。 |
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