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突然に親友を失って、「自分だけ好きなことをしていいの?」と一人で悩む数ヵ月間を過す。

 伊勢丹店オープンを控えて本店で研修の3ヵ月間。床やガラス磨き、枯れ葉をむしったり、トゲを取り去る下準備などで一日が終わる。爪には泥が入って、日焼けもすれば冷水も体にこたえて、大型鉢を運ぶ力仕事で腰も痛む。しかし花にも触れなくても、どの作業も新鮮で苦にならない。ブーケを作る先輩の姿を見て、「いつかあんなのが作れるかな」とうれしくなった。暇を見つけては花束を作って先輩に助言を求めたり、閉店後や自宅でも練習を重ねていった。
 店長と社員4人で迎えたオープン。息をつく間もない接客のなかでなかなか手早く作れないばかりか、商品として作る花束に自信も持てない。顧客の希望に沿えずにクレームを受けても、もっと勉強しようと奮起した。閉店後に先輩から教わったり、同期入社の仲間たちとアレンジの情報交換をしながら技術を上げていって、少しずつ自信をつけていった。
 そんな3年目のある日、高校時代の親しい友人が病気で他界した。仕事に忙殺されてその友人に何もしてあげられなかったことが余りにも情けなかった。「私だけ好きなことをして幸せになっていいの…?」と、仕事中は顔には出さずに一人で自分を責めて死について数ヵ月間も考え続けた。
 その友人の母親から「あの子のためにもみんなに幸せになって欲しいの」と言われて我に返った。「私が毎日を夢中に生きることで彼女も喜ぶんだ」と思い直すと、また心からの笑顔で接客できるようになった。
 サブリーダーになると指導する立場に戸惑う2年間。もっと技術面で吸収したいことがあるのに、成長していく後輩の姿を見てあせりが募って、うまく指導もできずに悔し涙も流した。陰で悪口を言われているような錯覚まで覚えたが、先輩からの「貴女らしく頑張ればいいのよ」という言葉に励まされた。
 押し付けるのではなく相手の気持ちを考えて助言すると、しだいに周囲ともよい関係を築けて、充実した日々を送れるようになって28歳を迎えた。


技術も指導力も少しずつ上がるなかで、体力的にも将来に向けた働き方に悩み始めた。

 次々と結婚していく友人たちを見て、将来に向けた働き方について悩み出す。会社組織がゆえに求められる業務レベルは高く、客足の途絶えない百貨店内の店では年々体力的にも辛くなってきてOLの友人がうらやましく思えた。もう少しゆっくりと働ける個人店に移るか、花は趣味にして違った仕事へ…。「環境を変えてみたい」という想いがしだいに募っていった。
 上司などにも気持ちを打ち明けながらも悩み続けて、2年が経った30歳のある日、店長職の辞令を受けた。これまでの忙しさに加えて、更に責任の重圧がかかる仕事…。しかし、それまでの7年間の頑張りを認められて得たチャンスを捨てて、また一からやり直すこともないと思えた。「一度挑戦してみて考えよう。今しかできないことをやろう!」と、辞めずに頑張り続ける覚悟を決めた。
 売上や人の配置、販促策をはじめ、すべてのことに責任を持って決断しなければならず気も抜けない日々。しかし仲間と力を合わせて、「目標を達成して焼肉を食べに行こう!」と、みんなを盛り上げながら店長業務を楽しんでいる。
 手に職を持って父と力を合わせて働く母にあこがれた。いつでも置かれた環境のプラス面に目を向けて、どんな仕事でも仲間と一緒に懸命に頑張って、接客や技術に自信をつけていき、再び幼いころのようにみんなの中心的な役割を任された。
 「2〜3年後には子どもも欲しいですね。夫になる人と一緒に大好きな花の仕事をするのが夢なんです」と元気いっぱいに語ってくれた。

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