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「この仕事は僕には向いてない」とは思っていた。
入社3年目に、厳しい上司に初めて突き放されて、 目の前の業務に無心で取り組んでみる道を選んだ。 |
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中学まで、目標に向かって打ち込む姉や部活にやりがいを見出す友人を見て、「何でそんなに頑張るんだろう」と思った。情熱的な現社長に魅かれソフトウェア会社に入社。達成感を味わえないまま過ごしていた。3年目、初めて本気で目の前にある仕事に取り組みそれなりの達成感は得ても、「この仕事に向いているのか」という思いは消えない。 山本 伸也さん 30歳 京都市在住 株式会社ユニシス(中京区) 開発部] |
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「楽しかったらええやん」。無心に物事に取り組む姉や級友を不思議に思った。 綾部市で高校までを過ごす。農業を志しながらもサラリーマン生活を余儀なくされた父は、愚痴一つ言うことなく繊維工場に勤めていた。小学校時代、授業中はうわの空で窓から山を眺め、だらしない姿勢を「社長座りか!」と叱られる。通っていたそろばん教室も2けたの暗算ができたとたんに辞めた。姉は熱心に合唱や剣道に取り組み、手を切りながらも無心に彫刻をしている。「何でそんなに頑張るんだろう」と思っていた。毎日、親友と2人で空き缶を蹴りながら帰った。 中学に進むと練習方法やフォームなどを語って部活に励む友人たちについていけなくなる。「楽しかったらいいやないか」。のんびりとした卓球部に入り、SF小説の「女神転生」や深夜映画にハマり、「ドラクエ」「信長の野望」などのとりことなった。数学が好きになって自分から塾に通うようになり、将来はプログラマーになりたいとボンヤリ思った。 地元の高校に進学して高2から菓子工場でバイトを始めた。絶え間なく流れてくる製品を効率よく整列させる仕事に夢中で取り組むうちに自分にしかできない技を身につける。大人たちから「休まれたら困るよ」と頼りにされて喜びを感じた。勉強もしないまま迎えた大学受験は失敗。「やると言ったことはやれよ」とだけ言う父。周りに流されないように友人たちが行かない予備校を選んだ。 「ほんまに勉強しないと受からないぞ!」とチューターから告げられて初めて本気で取り組む気持ちになった。パンフレットに載っていた勉強法を忠実に守り、寮に帰っても1日4時間以上の勉強を続けた。2カ月間で偏差値は倍以上になって長野の国立大学の数学科に合格した。 京都で働くことを最優先にして、情熱家の現社長のソフト会社に飛び込んだ。 入学と同時に始めたドーナツ店でのバイト。店長は自分で決めたビジョンを達成させるために客席で寝泊まりするほど仕事に情熱を傾けていた。ヤル気のある学生はどんどん責任あるボジションを任される。仲間と夜遅くまで仕事に打ち込む一方、サークル活動などにも力を入れて大学生活を満喫した。 今までわがままを聞いてくれた親元に近いところで働きたいと業種にこだわらずに京都の企業を探し、熱心に語りかけてくれた現社長に魅かれユニシスに入社する。ユニシスは「人はちから、ひとはたから」をモットーに、実力派技術集団として躍進する独立系のソフトウェア開発会社である。 プログラマーとして配属されるが、キーボードの配列さえわからず、同期が数分で終わらせる日報業務でさえ苦労する。簡単な作業も先輩に聞かない限りは一歩も前に進まなかった。入力間違いなどのささいなミスの連発。どんどん開いていく同期との力の差を感じながら、参考書を購入しては会社に居残り、自分のペースで勉強を続けた。 開発の仕事は案件ごとにジョブと呼ばれるプロジェクトを組み業務にあたる。2年目にはスケジュール管理ソフトの基本設計を任され仕事を楽しんだが、半年後に別の大きなジョブに移ると自分が主導権を握れず、周りの人たちともギクシャクした。「楽しくない! プログラマーは自分に合ってないのかも…」。憂うつな気分。毎日早く帰りたいとばかり思うようになるが、1人暮らしの生活費のあてもないままでは辞められなかった。 仕事というよりは勉強の延長のようにも感じていた。自分のやっていることは会社の役に立っているのだろうか? 達成感を味わえないままの2年間を過ごした。 次のページヘ |
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