芸能界をあきらめて、小売業で業務に突っ走った5年。
頑張る目的を見失って会社経営にも夢中になるが、
好きな音楽の世界にまた足を踏み入れてしまった。

好きな写真に没頭する父とそれを支える母。幼いころからの芸能界への夢をあきらめて、小売業へ就職して5年間必死に業務をこなすが、しだいに頑張る目的を見失っていく。誘われるがままにあぶらとり紙の事業の立ち上げに関わり、再び好きな音楽の世界に足を踏み入れてアーティストの支援に専念するが、心身ともに疲れ切っていく。

辻井 美代子さん 31歳 京都市在住
[新風館(中京区) ブライダル事業部 ブライダルコーディネーター]

歌手を夢見た少女時代。芸能界への道をキッパリあきらめて普通に就職をした。

 鼓笛隊でバトンをしたり、中森明菜のものまねをみんなに披露する一方で、下級生の面倒を見たり、大勢の友人を引き連れて遊んだ。いじめられる女子を助けるために男子とも体を張ってケンカをする子どもだった。
 印刷会社のカメラマンで、趣味でも真剣に写真に打ち込んでいた父。祖母との関係に弱音も吐かず家事をこなして父を支えて働く母。楽ではない家計のなかでもピアノや日舞など習い事に毎日のように通わせてもらった。
 父によく連れて行かれた宝塚歌劇の華やかさにあこがれる一方で、将来は母のようなお嫁さんになりたいと思った。自ら塾にも通って制服のかわいい短大付属女子中に合格した。
 中学では仲間と一緒に苦しい練習を乗り切りながらテニスの部活に励み、歌手を夢見て何度もオーディションを受ける。仕事を辞めて祖母の介護でやせ細る母を横目に、中3からはライブ会場やCD販売のボランティアでミュージシャンとの出会いを楽しんでいた。
 高2のときに母に勧められて、芸能界入りの最後の手として宝塚音楽学校を受験。他の受験生とのレベルの違いを見せつけられたが、精一杯やったんだから、と夢はキッパリとあきらめた。演劇大会などの学校行事に燃えて、毎晩遅くまで仲間とワイワイ準備することを楽しんだ。
 子どもが好きで保育士にもあこがれたが推薦で被服科に進んで、短大では百貨店の食堂でのアルバイトや友人との遊びに夢中の2年を過ごす。大好きな父から、「3年は勤めろよ」と紹介された大手ショッピングセンターに就職した。


責任ある仕事を任されていく5年間。しかししだいに頑張る目的を見失っていく。

 やる気さえあれば若くても昇進できる会社で、劇団の練習のように発声練習をさせられ、研修や会議もギッシリ。配属された紳士服売場では客の横取りもあるほど社員同士の売上競争が激しい。上司から「やる気あるのか!」と厳しく指導されて、次々と同期が辞めていっても、「まだ1年も経ってないんだから」と弱音も吐かずに頑張り続けた。
 仕事自体よりも一緒に働く人が好きで、頑張れば認めてくれる先輩や同期と毎晩のように飲みに行っては大騒ぎする。気配りも心がけるうちに上司たちもかわいがってくれた。
 入社2年半で婦人服売場のチーフとして、品出しや発注も任される。「やるべきことができてない」と怒鳴っても、商品の並べ替えを手伝ってくれる温かい上司。付き合っていた自営業の彼を支えるためにも早く結婚資金も貯めたくて、心を開き合って信頼で結ばれていた後輩と力を合わせて毎日23時まで残業に励んだ。
 すると3年目には店長から「お前しかいないだろう」と説得されて、22歳にして服飾雑貨の売場長になる。その期待に応えようと仕入や従業員の指導、売上管理までをこなしていく。東京への買い付けの出張の合間にも他店の接客やディスプレイを研究して、跡を絶たない学生万引き犯にも一切怯まず臨んで夢中のまま3年間が過ぎていった。
 気づくと親しい女性社員はほぼ辞めている。みんなで楽しく売場を作りたいのに、上司として後輩の男性にまで萎縮されるのが重荷にも感じる。彼とも別れてしまって結婚のあてもなくなり、頑張る目的が見出せない。「これ以上働いてどうなるんだろう…」と不安に襲われた。
 そんなとき、5年間の頑張りも見ていてくれていた知人から、「音楽イベント会社で、あぶらとり紙の事業を手伝わないか?」と誘われた。望む給料を出すとまで言われて期待されているのを感じて、会社を退職した。
 たった3人の事業部で、キャンペーンガールと一緒に各地を回って取引先の音楽業界関係者との出会いも楽しい。しかし、これからという10カ月目で事業撤退が決まった。


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