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好きな仕事で長く働きたい。9年間勤めた会社での努力が認められて、 |
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転職をくり返す父と生活のためにパートとして働く母を見て、「仕事は我慢強く続けよう」と思った。印刷会社に就職してパート指導や業務に懸命に取り組んだ。25歳のときに「好きな仕事をしたい」と転職活動を始めて、26歳で大垣書店に入社する。接客にも慣れた32歳で店長代理に抜擢されるが、管理職としての責任感から後輩への指導に苦しむ。 菅原 真由美さん 34歳 京都市在住 [株式会社大垣書店(北区) 店長代理] |
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転職をくり返して苦労する父を見て、「仕事は途中で投げ出さない」と決めた。 男子と鬼ごっこやメンコをして活発に走り回る反面、知らない人はジッとにらみつけてしまう人見知り。給食が進まない同級生を「頑張れよ!」と励まして、はっきり答えが出る計算が好きで算数塾に6年間通う。先生に「短気だけど気長で面倒見がいいね」と言われた。一人で夕食をとると自分の部屋で読書を楽しんでいた。 運送会社で働く父は「人に迷惑がかかる」と熱があっても出勤するが、些細なケンカが原因で家族のことも考えずに転職をくり返していた。文句も言わず、生活のために望んだ仕事でなくても我慢してパートに出る母。辛抱強さを尊敬はしても、「父を責めればいいのに」といらだった。「私は好きな仕事を長く続けよう」と思った。 中学では、バドミントン部などでみんなと力を合わせて活動した。好きな武将は織田信長。風紀委員として不良でも物怖じせず取り締まり、生徒をバカにする先生の授業を中断させる。ところが委員長になると、気配りができる先輩のようには委員をまとめられず、生徒会長に相談しながら何とか任期を終えた。家では夜明けまでミステリー小説を読みふけり、風景画を描くことに夢中になった。 「好きなことに少しでも近い学校がいい」と、工業高校の色染化学科へ進学する。しかし、また一からの人間関係づくりが億劫で、クラスでも部活でもあまり友人ができない。人見知りが再発してますます読書にのめり込んだ。経済的理由から就職を希望するが、適性検査の結果は意外な接客業。先生に「そりゃおかしい!」と笑われて、「本に囲まれて働きたい」とも考えながら、色に関われそうな印刷会社に入社する。 自ら話しかけてパート管理をまっとうした。「好きな仕事をしよう」と9年で会社を退職。 工場で特殊印刷物の点検や梱包作業に明け暮れる。色に関する仕事ではなくても、4人の同期や技術から礼儀までを優しく教えてくれる先輩たちとプライベートでの親交も深まっていく毎日が楽しかった。 ところが1年後、態度や話し方さえ嫌いな先輩に耐え切れずに退職を申し出る。「他の人と接する彼を見てみろ」。3時間もかけて説得する上司。同期の話を聞くうちに、「人は一面だけで見ちゃダメなんだ」と気づいた。 21歳で人の指導を任される。10人のいがみ合うパート同士の話を公平に聞きながら配置を考えて、業務態度が消極的な後輩に根気強く指導する。先輩に相談しては作業効率を上げる方法を模索して、パートの意見を汲み上げた手順変更を上司に提案すると「ありがとう」と喜ばれる。「あなたのどこが人見知りなの?」と言われるまで充実した3年を過ごした。 しかし、25歳のときに方針の相違で先輩と対立した上司が、一方的に自分の意見を押し通そうとする姿に幻滅する。薬品臭が漂う現場での重労働な大型機械操作。念願の保育士の道を決断して退職していく同期。趣味の弓道で一人の世界を楽しんでも、「30歳までに好きな仕事をしてみたい」という想いがしだいに高まっていった。 折り込み求人のチェックを始めて1年、京都最大チェーンである大垣書店の面接が進むなかで準社員の採用だと知り、生活が不安定だった幼少期を思い出して「保険完備の正社員じゃないと…」と辞退した。しかし、1年後に再応募するとそれでもまた雇ってもらえて、9年間勤めた会社を退職した。 次のページヘ |
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