自己表現の道として選んだ映像制作の世界。
もっと自分に没頭できるWEBデザインの道を見つけて 路上で似顔絵描きもして、
ある派遣会社に登録した。

人から認められるものを探し続けた青少年時代。大学時代の海外旅行をキッカケに映像制作会社でアルバイトを始めて、理想を追求する先輩のもと懸命に業務に取り組むが、自分の世界に没頭できずに情熱が冷め始める。フリーのWEBデザイナーを目指して路上で似顔絵を描き、派遣で働き始めるが、こだわりが強すぎて納期を守れずストレスを高めていった。

瀬戸 康弘さん 30歳 京都市在住
松下エクセルスタッフ株式会社(下京区) [派遣社員]

存在感ある父や兄にあこがれた。映像を通して自己表現しようと制作現場で働き始めた。

 読書家でユーモアもある父と、自宅でフラワーアレンジ教室を開く母のもと広島で育つ。会社幹部として部下から頼られ、高熱を出していても夜中に呼び出されても、愚痴も言わず頑張る父を尊敬した。「好きな道に進みなさい」と言ってくれていた。
 強引な友人に子分扱いされた小学校時代。苦手なドッジやいたずらもさせられて、家ではキン消しに悪役をやっつけさせ、ヒーローものの物語を自分で創っては毎晩空想する。先生に褒められて美術が好きになり、親に大賛成されて始めたバイオリンはすぐに飽きても6年続けた。
 運動が得意な人が注目される中学時代。テニス部主将を務める超人気者の2歳上の兄に比べて、先生に褒められて入ったバスケ部では補欠止まりで、成績も伸び悩む自分。
 しかし、夢がないことを「格好悪い」と友人に言われても、「僕は人とは違う」と思っていた。人と違う発言をしては笑いをとって存在をアピールはしても、普通に付き合えるようになった友人たちと距離を置き始めた。
 高校でも、彼女や数人の友人と過ごした。自分の進む道を模索するなかで、友人の親や先生が「本当は今の仕事がやりたいんじゃない」とこぼす声に失望していたとき、デートで立ち寄ったベーカリーショップに魅了された。「こんな店を持ちたい!」と、一人暮らしの自分の部屋を想像しながら勉強して、経営が学べる神戸の私大へ進学した。
 受験から解放されてハメを外す友人たちを横目に、理論ばかりで退屈な授業にも出ず、ベーカリーショップでアルバイトをする毎日が楽しい。しかし、「本場に留学したい」と語るだけで行動しない社員を見たり、パンづくりでは自分を表現しにくいと想いは冷めていった。
 中国の有名大学で刺激的な生活をする兄にあこがれて、「箔をつけたい」と半年間アジアを旅する。TVで見る海外紀行と現地の印象にギャップを感じて、「映像の世界なら僕なりの表現ができるかも」と思った。復学後に友人に紹介してもらったケーブルテレビ制作会社でアルバイトを始めた。


理想を追求する先輩に影響を受けるが、周囲の声を煩わしく感じて迷い始めた。

 ある映像カメラマンのアシスタントとして、積極的に質問しながら、手が空けば機材を触って知識を吸収する充実した毎日。重い機材の運搬のほか、取材者や見物人への配慮や対応などに走り回るのも苦にならない。人と違う観点から発言をしてきたゼミの教授から大学教員の道を勧められても、迷わず常勤で働く道を選んだ。
 周囲から「妥協しろ」と言われても、休憩時間や休日も使って映像にこだわるそのカメラマン。小さな記者会見で大手民放の人から呆れ顔で見られても本格装備で臨む。しかし納期ギリギリまで粘る姿を尊敬はしていても、「こだわり過ぎは周囲に迷惑をかけるんだ」とも思った。
 公共的で無機質な番組づくりにやる気をなくし、視聴者の声を聞こうともせずに仕事をこなすだけの他のスタッフたち。ミスは最年少の自分の責任にされ、個人的な作品の編集に横やりを入れられるのが煩わしい。照明や音響など多くの技術が身についても、「この会社には長くいられない」と情熱は冷めていく。
 もう25歳。兄は総合商社やアパレル会社からヘッドハントされていて、学生時代の友人もそれぞれの道で力をつけていくその姿が眩しかった。交際相手には「安定した仕事に就いて」と泣きながら毎晩訴えられる。自分を頼ってくれる彼女にも認めてもらいたくて、映像の世界で生きる道への迷いに拍車がかかった。
 ディレクターを任された番組を2回で降板して信頼を失い、以前から「向上心のある職場で働きたい」という想いを伝えていた大手映像制作会社からの誘いにも返事ができない。ついに彼女からも別れを告げられて、人間否定された気がして愕然とした。

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