「頑張りを結果に残せる仕事をしよう」と選んだ美容品業界。
飾らずに顧客にぶつかって3年で培った自信が
新しい部署では通用せず、上司宅に駆け込んだ。

「努力は報われる」と父に教わって、サッカーも音楽も練習を重ねたが上には上がいることを思い知った。「社会に出て、頑張れば結果を出せる仕事に就こう」と美容品業界に飛び込んで、営業マンとして自分を飾らず思いを伝え続けて3年間で多くの顧客から信頼を得る。しかし異動先の代理店担当の部署ではそれが通じない。自分を見失って上司宅に駆け込んだ。

沖村 英明さん 30歳 城陽市在住
[コタ株式会社(久世郡久御山町)
営業第一部 代理店第二課 主任]

サッカーやバンド活動で自信をつけると、「人に伝えていきたい」と感じた。

 広島の片田舎で友人と魚釣りや昆虫採集、ドッジをして走り回った。「我慢が大切」が口ぐせのおじいちゃん子。小4で入ったサッカークラブでは、仲間との交流を楽しむ一方で、実力も発言力もある親戚のお兄さんにあこがれて、レギュラーにはなれなくてもコツコツと練習した。
 長年造船会社の経理として忙しく働く父とは休日しか顔を合わせないが、毎週買い物や公園に連れ出してくれる。弟とケンカをすれば「仲よくしろ」と、ときには手を上げて叱るほど集団行動を重視して、「努力すれば必ず報われるから、好きな道を選べ」とよく言った。ただ、食事どきに仕事の愚痴をこぼす姿は見たくなかった。
 中学では、小遣いでベースを購入して友人とバンドを始める。一方でサッカー部の基礎練習や自主トレに黙々と励むと技術も向上して、レギュラーになって後輩を指導する。
 しかし高校では、県選抜選手などがいるサッカー部には「頑張っても無理だ」と入らなかった。新しく出会った他地域出身の仲間との音楽活動に熱中して、「両親のように限られた人とだけではなく、多くの人と知り合いたい」と、広島を出て大阪の私大に進学した。
 ライブハウスのバイト仲間とプロを目指してバンド活動に没頭。軽音楽部では副部長として、幹部と相談しながら60名もの部員を引っ張った。しかし、レコード会社の人から業界の厳しさを教わり、音楽の道も断念して、「社会に出て、精一杯頑張れば思い通りの成果が得られる仕事をしよう」と決意した。
 人に何かを伝える仕事がしたくて教師にもあこがれながら、華やかな美容品とアパレル業界だけを受験して、経営指導ができるというコタに入社する。2002年に上場を果たした京都本社の美容室向け頭髪化粧品メーカーである。


2年目に起こしたミス。美容室オーナーの一言に、自分らしく頑張る大切さを知った。

 社員3人の岡山営業所に配属。毎日10時間もかけて数十件の美容室に飛び込み営業をしても、話を聞いてくれるのはせいぜい1〜2件。「俺も乗り越えた道だ。頑張って損はない!」と励ましてくれる上司。毎晩酒を片手に話し込み、休日も一緒に釣りを楽しんだ。
 休暇に大阪で会う旧友たちは上司の愚痴ばかりを言っている。「俺には親身になってくれる上司がいる!」と、何度断られても自分を奮い立たせて、1つの店に10回以上も通い詰めて3ヵ月後に初契約。その充実感に営業に夢中になって、次々と顧客を増やしていった。
 24歳のとき、ある店から請け負った企画物のミスが発覚する。「責任を取れ!」と激高するオーナー。打開策もなく胃が痛む毎日のなかで、上司に思わず「辞めたい」と漏らした。
 深夜10時の美容室。あらゆる手を尽くして謝罪するとオーナーは言った。「最初からそう言いなさい。ブリキはブリキのままでいいんだ」。自分を飾って見せようとして、顧客の立場に立っていないことに初めて気づいた。
 店の売上や客数などの情報の分析結果から経営方針を提案する。オーナーに「何様だ!」と罵倒されても、「いつかわかってもらえる」と信じて何度でもぶつかった。そんな姿勢が少しずつ伝わり、食事に誘われるほど信頼が深まる。同期18人は半分が辞めていたが、顧客に喜ばれることがうれしくてがむしゃらに働いた。 
 そんな自信や手応えを感じていた4年目に、本社への異動命令が下りる。「行きたくない…」。担当だった50店のほとんどが送別会を開いてくれて、あるオーナーは涙まで流してくれた。


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