レストランであこがれの黒服になって資格を取得しても、
ソムリエ試験不合格と時を同じくして、将来に不安を覚えた。
腹を決めて臨んだマネジメント分野で格闘する。

30歳過ぎで転職して我慢強く働く父を尊敬した。華やかなホテル業界に就職して、苦しい状況に置かれても逃げ出さずに目の前の仕事に取り組み続けた。しかし黒服にあこがれて資格取得に励んでも将来への不安は拭えない。手にしたソムリエの称号にも甘えず、子ども心に抱いた理想の家庭づくりを目指して苦手なリーダーシップが必要とされる立場で格闘する。

上野 学さん 32歳 向日市在住
[新・都ホテル(南区)飲料部 レストランサブリーダー]

我慢強い父を尊敬しながら楽しい家庭づくりを夢見ていた。華やかなホテル業界を選んだ。

 丹波で生まれ育つ。勉強は嫌いで友人たちと基地づくりやゲームで遊ぶ一方で、一人でプラモづくりなどに夢中になるおとなしい子。ドラえもんのタイムマシンは本当にあるのかと机の中に入ったり、理科実験室をのぞいたりと好奇心は旺盛。朝礼台に立ちたくて児童会に立候補はしてもリーダーシップはとらず、ユニフォームにあこがれて始めた野球は、うまくなくても友人といるのが楽しかった。
 中学では黙々と走る陸上部の練習が辛くても3年間続けた。事務職から建材会社の外へ出る仕事に転職した父は、毎朝5時起きで2時間かけて通勤している。試合で帰りが遅くなったバスに偶然乗り合わせて、「毎日大変だな」と思った。
 家計を支えるために内職をする母が給料を用途別に袋分けする姿。家計の厳しさを感じながらも、疲れて帰ってくる父と母がときおり口論するのを見て、「僕は結婚したらいつまでも仲よし夫婦でいたいな」と思っていた。
 友人たちと同じ高校への進学は厳しいと言われて、好きなゲームを絶ってまで猛然と勉強を始めて見事合格。しかし、入学した高校で入ったテニス部では、練習に懸命に取り組んだが2年のとき限界を感じて、悔し涙を流しながら退部した。
 友人宅で深夜まで将来や恋愛について語り合う日々。国道沿いの喫茶店でアルバイトをして接客業に興味を持って、都会的で華やかそうな美容師にあこがれた。しかし家業でなければ開業は難しいことを知って、もう一つのあこがれだったホテルマンを目指した。700を超える客室を有して、京都の玄関口として国内外の観光客が大勢出入りする近鉄グループの新・都ホテルに就職を決めた。


成長しない自分へのいらだちのなか、ホテルマンにも資格があることを知った。

 ベルボーイとして制服に袖を通して、イージーミスを重ねては先輩に叱られたり、フォローされたりするたびに、成長していない自分へのいらだちを募らせる日々。責任者として後輩2人と共に夜勤を任されると、胃が痛くなるほど緊張した。
 しかし、外国人客に撮影されたりする華やかな世界の前線での接客が楽しくて辞めようとは思わない。厳しくも温かい先輩や同世代ばかりの職場で、学校の延長のような雰囲気を楽しみながら3年間を過ごした。
 21歳でカフェレストランへ異動するが、夕方から翌日昼過ぎまでの勤務が体力的に辛い。40代の黒服主任に「新米なんだから常に動いてろ」と言われて、「負けてられるか!」と、勤務が終わって一度座れば立ち上がれなくなるほど足が痛んでも、フロア中を動き回った。
 黙々と自分にできることを続けていたあるとき、お客様にワインをかけるミスを犯してしまうと、店長ではなく、普段接することのない課長が代わりに謝ってくれた。「気にするな」と声をかけられて初めて組織で働く自覚が芽生えた。
 寮の後輩たちから、「続ける自信がない」と相談されても、「もうちょっと頑張ろうよ」と説得しながら、自らの意思で4年間を更に動き回った。
 系列ホテルの料理店での2週間の研修中に、たった3歳上の人が黒服を着ていることに衝撃を受ける。胸にはホテルレストランサービス技能士(HRS)とソムリエのバッジが光っている。
 同じ仕事なのに別世界を見るように感じながらも目の前の業務に励むと、フレンチレストラン「ラフィネ」への異動と共に、予想もしなかった黒服を命じられた。うれしさの一方で、「本当にやっていけるのか」とプレッシャーも感じた。25歳だった。

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