先輩に誘われて愛着のある母校の大学に就職。
真剣に業務に没頭するが、限られた世界の中だけの仕事に、
自分の市場価値が見えなくなってくる。
人脈の広い祖父にあこがれて、転校を重ねても友達をすぐに作って積極的に行事に参加する社交的な少年だった。愛着のある母校の大学でシステム開発の仕事に就くが、一般企業で働く友人などの苦労話を聞いて、限られた世界の中だけで仕事をする大学勤務の自分に対してコンプレックスがわき上がる。世の中で自分がどれだけ通用するのか? 汎用機からパソコンへのシステム移行に4年間が過ぎていく。

開原 潮さん 33歳 京都市在住
[学校法人京都産業大学(北区)入学センター 課長補佐]

責任感高く物事に取り組む大切さを学んだ高校演劇部。大学を不完全燃焼で卒業した。

 理科が得意でパズルや機械いじりが好きな小学生。父の仕事で学校を転々としても、先々ですぐに友達を作って学級委員にも推薦される。「人の3倍努力して一人前」が口癖の父は毎日深夜帰りで、夕食は母と妹、弟との4人。「僕がしっかりしなきゃ」と思った。自ら勉強する習慣がついて、高学年からは新聞も読み出していた。
 広島の祖父宅へ帰省する深夜の車中で父と男同士の話をするとき、大人扱いされているようでうれしい。代議士や経営者など多くの人が訪ねてくる人脈の広い祖父にあこがれていた。
 中学では視聴覚委員会で番組制作に没頭すると、部長を任されていた吹奏楽部には1カ月も顔を出さず、高校入学祝いでもらったパソコンには6時間でも7時間でも夢中になる。雑誌で自分にそっくりの「オタク」人物画を見ても、「あはは、これ俺やん!」と意にも介さない。
 高2のときに入った演劇部で仲間と激論を重ねた末に舞台を作り上げて、人を巻き込みながら真剣に最後まで取り組む大切さを知る。気軽に顔を出した生徒会活動に誘われると、必要とされているならと喜んで毎晩遅くまで行事の準備に励んだ。
 塾にも行かず、毎朝3時起きで受験勉強して京都産業大学に入学。民間企業出身の新任教授のゼミを「おもしろそうや」と選び、週4日は部員40人のコンピュータークラブでの活動、土日は宴会サービスのアルバイトと4年間を忙しく過ごしたが、どれも没頭できず物足りなく感じた。


言い訳や妥協はしない姿勢で仕事するなかで感じた、「自分は通用するのか」という不安。

 システム開発の仕事にも興味があってコンピューター会社も回るが、クラブの先輩から、1万数千人の学生が通う大学を裏で支える600人もの教職員の存在を知る。コンピューターにも触れることから京産大に就職を決めた。「就職したら仕事優先。人を巻き込みながら、『忙しいから』と言い訳や妥協は絶対せずに仕事していこう」と心に誓った。
 情報センターで事務処理システムの改良や、当時200台あった学生用のパソコンの整備を先輩と一緒に担当しながらUNIXやインターネットを一から勉強した。短期間での受験生3万人のマークシート答案の処理も担当するなど、毎日22時までの残業が当たり前。
 あるとき職場の先輩に「職員で民間企業からヘッドハンティングされた人はいない」と聞かされて、「大学の中で評価されても外では通用しないのか」と不安を抱く。自分の知識が外でどれほど役立つかを知ろうとネットワークスペシャリストの資格を取得しても不安は残った。
 3年目に1人で担当した、全学40部署で利用する文具をはじめとする物品調達システムの開発。各部署の多くの関係者と調整を重ね、数々の試行錯誤を経て、2年後にスムーズに利用されている様子を見てようやく達成感を得た。
 しかしその後は汎用機に蓄積していたシステムをパソコンに移行する膨大な作業が優先になる。いろいろな方面から開発案件がもち込まれて、新しいシステムを一から作りたい気持ちにも駆られるが、とても時間に余裕がない。相談事を断っては目の前の作業に没頭した。


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