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かわいがられて育った幼少時代。通訳にあこがれて
京都の大学に出てきて、社会の厳しさを実感する。 自分探しを続けるなかで、高齢の父が病に倒れた。 |
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1人娘で両親にかわいがられて、わがままに育った。「小さな町」を飛び出したくて京都の短大に入るが、バイト先で上司に怒られるたびにオロオロしていた。「やりたいこと」が見つからず、編入した大学を卒業後も就職せず、実家と京都を往復して自分に自信のもてるものを探し続けた。しかし父の入院をきっかけに、大切なことは何かを気づき始めた。 石井 美帆さん 29歳 京都市在住 [株式会社パソナ京都(下京区) 派遣社員] |
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「小さな町を飛び出したい」。京都での1人暮らしで、社会の厳しさ、親のありがたさを知る。 佐賀県郊外で育つ。両親が40代のときに生まれた1人娘でとてもかわいがられた。年の離れた兄2人は物心ついたころには家を出ていて、父は仕事で帰りは遅く、しつけに厳しい母と夕食を2人で食べることもあった。読書やお絵かき、母の横で編み物をする。何でも買ってもらえて、友達を呼んでお誕生日会をやってもらった。ベレー帽がかわいい学校の金管バンドで地域のパレードに出るのが楽しい。 算数が嫌いで先生に当てられると思うと追い詰めるほどドキドキする。協調性がなくていじめにもあって集団行動が苦手だったが、中3で親しい友人ができるとコンサートや買い物に出かけるようになった。カロリーメイトを片手に毎日徹夜で受験勉強にも励んだ。 幼いころにテレビで見たイタリアの街並みにあこがれていた。高校時代には時折公民館で英語を習って、異文化の人と接するおもしろさを知った。 「小さな町を飛び出したい」と、英語を学べる京都の大学を受験する。浪人中は福岡の予備校へ通う電車の中で同世代の乗客を見ては、「何をやっている人だろう?」と、学生でもフリーターでもない肩書きのない自分に不安とあせりを感じた。 夜に授業がある京都の短大の英語科に進学。アルバイト先であるホテル内の中国料理店の上司の指導は厳しかった。真剣な顔で接客したつもりなのに、「何で怒った顔で接客するんや」と関西弁で注意される。ミスを連発してオロオロしていると余計にいらだつ上司。「親と違って大人や社会は私を甘やかさないんだ」。親のありがたさや社会で働く責任を痛感した。「ほめられるまでは続けよう」とほぼ毎日卒業前まで働き続けた。 男女8人のバイト仲間は帰国子女が多い個性派ぞろい。シフトのない日でも店に集まっては朝まで語り明かす。「通訳になれたらイイな」と仲間に話していた。2年になっても通訳へのあこがれは捨てがたく、就職する気にはなれない。有名私大への編入を決めて、親には「学費ヨロシクね」と電話で告げた。 中途半端な自分にあせりと孤独を感じる日々。再び京都へ舞い戻った。 大学では環境問題や知的所有権などに興味をもって、教授や仲間たちと研究に熱中するがなかなか極められない。ボランティア活動にも励むが物足りない。就職活動に精を出す友人を横目にしながら、通訳への道を思うと長い年月を会社に勤める気にもなれない。「自活できる力がないのだから仕方ない…」と、卒業後には佐賀の実家に戻った。 2時間をかけて福岡の通訳の専門学校へ通っても周囲の真剣さについていけない。「私はいつまでダラダラやっているの?」。何でもいい、自分に自信がもてる何かが欲しい…。それが何かがわからないまま学校を辞めた。地元の友人は既に結婚している。「私って何なんだろう?」。1人取り残された気分になってあせりと孤独に襲われた。 「やっぱり自分を知る友人が多い京都に帰りたい!」と仕事を探す。母校の図書館での働き口を見つけて、「アルバイトなんてダメ」と反対する母を押し切った。「帰ってくるのを『鶴首』で待っているから…」と見送る母の姿。駅に向かうバスの中で必死で涙をこらえた。24歳だった。 次のページヘ |
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