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気心の知れた友人にだけ心を開いてきた。
働くことは生活していくための手段に過ぎない? 社員という責任感がアルバイトとの壁を作った。 |
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中学時代から気の合う友人とばかり仲よくしてきた。就職して多くの人と関わる機会ができても、社員という立場・責任にとらわれてしまう。29歳で店長になって責任感が高まり、アルバイトとトラブルを起こしても原因がわからなかった。「一緒に働きたくない」。そんなうわさを耳にして、周囲の人が今まで言い続けてくれたアドバイスを思い出した。 井上 智絵さん 32歳 京都市在住 [株式会社イノブン(下京区)店長] |
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優等生だった学生時代。仲のよい友人との交流。入社後も楽しかった。 北海道札幌市で小・中・高校時代を過ごした。小学校時代は、先生にほめられることがうれしくて授業中は率先して発言した。家では予習・復習を欠かさない。推薦されるままに、学級委員を何期も務めた。メガネにおさげ髪のまじめすぎる優等生。親友と呼べる友人はできなかった。 中学では仲のよい友人たちと生徒会に立候補して副会長を2年も務めた。放課後は、毎日生徒会室に集まって友人たちと過ごす。家に帰れば、趣味のように勉強ばかりしていた。 高校は地域で一番の進学校。1年のときにできた仲のよい友人とクラスが変わっても休み時間には一緒に過ごした。その一方で、深夜の政治・経済討論番組を熱心に見ていた。 大学進学にともなって京都で1人暮らしを始め、サークルでできた友人4人と毎日のように夜中まで話し込んだ。アルバイトはお金を稼ぐ手段。そこでは友人は作らない。就職活動の際には「自分がやっていることがわかる仕事に就きたい」と考えて、生活雑貨ショップの運営などを手掛けるイノブンから最初に内定をもらうと活動を切り上げた。 最初に配属された店舗では、従業員が一致団結しており、働く毎日が楽しくてしかたがない。食器などが詰まった大きなダンボール箱を店に運び入れる体力仕事も、長時間の立ち仕事もつらいとは思わなかった。帰宅後は、商品知識の勉強やラッピングの練習にも励んだ。 店長として店を任される。アルバイトの1人とトラブルが起きた。 入社1年目の2月に本店へ異動。再び多くの同僚に囲まれて働くなかで、特に気の合う同僚もできて、仕事の後は一緒に食事やカラオケなど街にくりだした。 25歳。大学時代の友人たちは、転職やワーキングホリデーなどの新たな道を見つけている。なんとなく就職情報誌をめくると、「25歳まで」という応募条件が目についた。日々の業務にももうすっかり慣れている。「辞めてみてもいいかな」。そんな考えがボンヤリと頭をよぎったが、本店リニューアルの話が持ち上がり、ヤル気を取り戻した。リニューアル前に異動を言い渡されたが、「君が次の店に必要なんだ」という店長のひと言に責任を感じて引き受けた。 26歳で配属された店では、一人ひとりに仕事の割り振りがなく、社員として何をするべきなのかわからない。店長からは「何のために社員がいると思っているんだ」と叱られ、アルバイトからも「社員なんだからしっかりしてよ」と言われる。誰にも相談できないまま2年間勤務した。 29歳のとき、店長として小さな店舗を任される。商品に関することだけでなく、アルバイトの管理・指導も全面的に行う。「立場は社員のほうが上。私がしっかりしなければ」。アルバイトとの間に一線を引いて、業務上の必要事項だけを指示した。 アルバイトに任せている売り場の陳列が気になれば、勝手に改善する。ミスをすれば、厳しい口調で怒るだけで説明はしない。そんなやり方が間違っているとは思わなかった。 あるアルバイトから、とても応じられないシフトを切望された。「ここは辞めて他のバイトをしたほうがいいんじゃない?」と答えると、翌日には彼女の母親から総務に苦情が入っていた。「あんな言い方ないと思います」。自宅まで駆けつけて、怒りをあらわにする母親を前に謝り続けた。 次のページヘ |
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