周囲に導かれるままに社会に出て、腰かけ気分で5年の事務仕事。
結婚生活で夢見た家庭づくりができずに、
コツコツと身につけたスキルで少しずつ動き始めた。

家庭で大人4人の愛情を一身に受けて、何でも与えられるのに慣れて自分で将来の夢が描けない。ゴルフ場に就職して頼まれたことだけをこなして、楽しみながらパソコンスキルを高める5年間。しかし、あこがれの専業主婦になると、夫を待つだけの孤独な日々に耐え切れずに再就職。自分の意見をぶつけて仕事に楽しさを見出す一方で、夫との関係は悪化していく。

原田 抄代子さん 31歳 京都市在住
アデコ株式会社(下京区) [派遣社員]

周りが何でも与えてくれる。自分で将来の夢も思い描けず、母が勤めるゴルフ場に就職。

 自然豊かな大原で川泳ぎや洞窟探検などに仲間を引き連れる背の高いおてんば。「はっきりせい!」とグズる子のお尻を叩き、周りに頼まれては学級委員を務める。キャプテンを助けてバレー団を仕切る一方で、マンガを描き写したり編み物もした。
 ゴルフ場で働く母は会社勤めの父をいつも立てて、夕食は祖父母と5人で必ず食卓を囲んで団らんを楽しむ。ただ、母が昼間や休日に家にいないのが寂しくて、「私は子どもができたら専業主婦になろう」と思っていた。
 小学校と同じ顔ぶれの中学でも、バレー部で主将を補佐して仲間を引っ張りながら練習を楽しむ。しかし、家で大人4人の愛情を一身に受けて、座っていれば何でも手に入るように思えて、何事も面倒に感じ出した。将来の夢も描けず、従兄に薦められた洋楽を聴きながら一人で読書やテレビゲームをしたり、探検隊長やお姫様になっている自分を空想していた。
 幼なじみたちと別れたくなくても両親の勧めのままに推薦で短大付属高校に進学。強豪バレー部に入ろうとするが実力の差を目の当たりにして「もうアカン」とあきらめて、新しい友人との交流やバンド活動を楽しむ。美術科に進むとデッサンに夢中になって、ものづくりができる芸大や専門学校に進みたくなったが、「短大まで行け」という両親の反対を押し切るまでの熱意はなかった。
 日本画を学びながら、束縛の強い彼とばかり過ごして、アルバイトもせずに視野のまったく広がらない2年間。好きなことを仕事にはしたくなくて、結婚退職を念頭に化粧品会社などに就活するが受からない。祖父と母が勤めるゴルフ場への就職話が舞い込むと、深くも考えずに入社した。


腰かけ気分で楽しみながらスキルをつける5年間。念願の結婚退職で大阪へ移住。

 フロントや売店業務、予約受付、清掃や雪かきなど頼まれた仕事をこなしてアフター5中心の毎日。愛想笑いが苦手でうまく接客できず、イージーミスをしては叱られて、「辞めたい」とは思っても遊ぶためのお金は欲しいし、理由なく退職しては母に迷惑をかける。「寿退社しかないな…」と結婚願望を募らせた。
 更に、2年目に入って彼と別れると何をしていいかがまったくわからなくなった。毎日のように、高校時代の友人から薦められる映画やビデオを観て、本を月に10冊も乱読しては夢中になれる何かを探し続けた。
 職場に導入されたウインドウズパソコンで、初心者本を頼りにアクセスを使って売上や顧客管理データを触ると興味が湧いてくる。従兄の勧めで買ったマックでハガキやレーベルを作ると楽しくて、あっと言う間に時間が過ぎていった。知識豊富な同僚に教わりながら二人でDMや看板を作って業務時間内にも楽しみを見出して、少しずつ視野が広がった。
 そんな折、週末のたびに友人と通ったクラブでDJをしていた学生の彼に出会う。音楽の趣味も合って意気投合。彼が連れ出してくれる大阪の街は情報があふれて刺激的に見えて、「早く結婚して京都を出たい」という思いがどんどん強くなった。彼の就職を待って2年後に結婚して5年間勤めたゴルフ場を退職。希望を胸に大阪へ移住した。25歳だった。
 しかし、あこがれの専業主婦生活は、自然少ない大阪市内のマンションで夫の帰りだけを待つ孤独な日々。自分で友人を作ることも思いもつかず、映画や読書で気を紛らわせても寂しさは募るばかり。夜遅く疲れて帰宅する夫の顔を見るなり機関銃のように話しかけても相手にしてもらえず、いらだちが増す数ヵ月が過ぎていった。


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