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「将来は自分で店をもちたい」と就職した会社で2年目に店長になる。
しかし半年後には離婚の危機と降格に見舞われる。 研修先の店舗で上司に食いついていった。 |
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幼いころから大勢の友人を率いて走り回った。将来は自分の店をもとうとフクナガ・ティ
アンド フーズに入社する。入社1年半にして1つの店舗を任されたが、店長としての役割がわからなくて孤立した。家庭では離婚の危機が3回も訪れる。降格して向かった研修先の店長のもとで懸命に働くなかで、自分が何のために働きたいのかに気づけた。 土井 哲三さん 29歳 京都市在住 [株式会社フクナガ・ティ アンド フーズ(下京区) リプトンポルタ店店長] |
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小2のとき独立した父。大学時代に将来は自分の店をもちたいと思った。 年の近いいとこ家族と12人で幼少時代をにぎやかに暮らした。3歳のとき一家で引っ越すと、同じマンションの同世代30〜40人を仕切っておにごっこや基地作りを楽しんだ。 会社勤めで毎晩深夜に帰宅して休日はいつも疲れて寝ていた父が、小2のとき自営業を始める。コツコツ楽しそうに仕事に取り組む姿を見て、「サラリーマンにはなりたくないなぁ」と感じた。 小学校でも大勢の友人のなかでガキ大将ぶりを発揮して野球やドッチボールに走り回る。小1から6年通った大きな空手道場でもかわいがられて熱心に練習した。卒業文集には「将来は総理大臣になる」と書いた。 しかし中1で転校すると気の合う友人が見つからない。陸上部やテニス部ではレベルが高くて試合に出してもらえない。4〜5人の友人とだけブラックバス釣りを楽しんだ。 高校ではバレーボール部に入って放課後も日曜日もクラブ活動にひたすら没頭する。言いたいことは言いながらも部員たちと精一杯練習を重ねるなかで一体感を味わった。 1浪して地元の大学へ進み、3年からバイトを始めた小さな焼肉店のオーナーは、来客の絶えない店を楽しそうに切り盛りしている。「いつか自分で店を開きたい」と考えて、フクナガ・ティ アンド フーズへの就職を決めた。「かつくら」「串くら」「リプトン」などを関西・関東で数十店舗展開している企業である。 入社1年半にして店長に抜擢されるが、どうしたらいいのかわからなかった。 かつくら大津店に配属された。従業員の性格をよく理解してシッカリと教育してくれる外部から来た店長。毎晩仕事後にビールを飲みながら「将来は分社化して、君にも来てもらうぞ」と夢を語ってくれてあこがれたが、その店長は不祥事を起こして退職する。2日間、泣きながら接客をした。 2年目に東京の百貨店内にあるリプトンへ転勤する。そこにはぞんざいな対応でしょっちゅう客や百貨店を怒らせ、過酷な労働をさせてアルバイトを泣かせている転職組の店長がいた。 ギリギリまで削られた人件費の負担が自分にのしかかって、休みは2週に1度で休憩も取れないなか毎日8時から終電まで働く。それでも頻繁に店を空ける店長の代わりに、「今は我慢して欲しい。一緒に頑張ろう!」とバイトたちを励まし続けた。しかし百貨店の信頼を失いかねないうっかりしたミスを起こしてしまって京都へ帰されてしまう。 「まだまだ期待している。精神的な甘さを克服しろ」。上司に告げられた配属先はリプトン河原町店。実質の役割は店長だった。25歳だった。 従業員の指導やメニュー戦略、売上の管理といった初めての業務をどう消化すればいいのかわからない。店長の役割はそっちのけで仕事を1人で抱え込み、9時から24時まで休みなく働き続けた。誰かに頼ることすら思いつかず、自分の意見を従業員に一方的に押しつける。スタッフからは不信の目で見られ、売上は下降線をたどっていく。焦燥感だけが募っていった。 次のページヘ |
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