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「常に前向きでなければならない」。
そんな意識で管理職を目指して仕事に没頭した。 意見が食い違う新しい上司のもとで、自分の居場所を失った。 |
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大学時代、足の粉砕骨折や親しい友人の事故死で生きる意味を見失いかけた。長栄ホームに入社し、前向きな気持ちで目標に向かっていくことの大切さを学び、業務の効率化などに没頭する。会社の体制変化にふたたび目標を見失いかけ、さまよった2年間。妻との出会いで自分を取り戻し、退職覚悟で新規事業への異動願いを提出した。 東 寛昭さん 30歳 京都市在住 [エリッツ 株式会社長栄ホーム(中京区)経営企画部 係長] |
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バイク事故や親しい友人の死。失意のなかで、前向きに生きる意味を見失いかける。 新しいことにチャレンジすることが好きな父は、1年ごとにいろいろな商売を起こしたり、転職をくり返していた。不思議と借金はなかった。「次の仕事に必要な資格の勉強をしているんや」といつも楽しそうに話してくれた。母は地元のスーパーでパート勤務からバイヤーにまで昇進した「できる人」。 小5のときから塾通いを始めた。やるからには1番になりたいし、わからないことを調べるのが楽しい。自宅でも毎晩11時過ぎまで勉強に励んだ。中・高と学校はサボっても塾での勉強は続けていた。高3の夏から受験勉強を始め、京都の有名私大の法学部に合格。19歳のときには宅建の資格も取得した。 合唱団やディスコ通いなどで学生生活を満喫していた19歳のとき、バイク事故で足を粉砕骨折する。医者から「一生車イスの生活になります」と言われ、50日間の入院生活。家族や友人たちが毎日のように見舞いに来て励ましてくれた。手術とリハビリによって足は奇跡的に回復したが、「人間、明日には死ぬかもしれない」と、いつもどこかで考えるようになった。 21歳のときには交通事故で親しい友人を失った。「人生ってなんてはかないんだろう」。前向きに生きる意味がわからなくなり、友人との交流も少なくなっていった。 就職活動では150社余りの企業にアプローチをかけるが全滅し、あきらめかけていたときに転職情報誌に掲載されていた長栄ホームを見つけた。長栄ホームは賃貸マンションの仲介・管理を主体に、京阪神で多店舗展開を続ける急成長中の企業。希望していた不動産関係の仕事で待遇もいい。迷わず面接を受けて内定を獲得した。 目標は高く、いつも前向きに。管理職を目指して仕事に没頭し、社内の業務効率化に成功した。 管理部に配属。賃貸マンションのメンテナンスや清掃、入居者募集などの業務を担当する仕事で、1人が約50棟の物件を任された。1日の業務は物件オーナーとの打ち合わせに始まり、入居者への応対や修繕作業、水道の検針、書類の作成、業者からの請求書処理など多忙をきわめ、残業は毎晩12時近くまでになった。オーナーとの信頼づくりを最重要に考えて丁寧な仕事をするためにはしかたないと思っていた。 まだまだ精神論で会社が回っている状態。常に前向きな上司からは、「3年間は泥水をすする覚悟でやれば必ず実力はつく」「目標をもって常に前向きに取り組むことが大切だ」と教わった。見失いかけていたものを示してもらったように思えた。少しでも後ろ向きな気持ちを口にすると、「夢に向かって一緒に頑張ろう! 一緒に成功者になろう!」と涙まで流して語ってくれる。高級車に乗れる管理職を目指してまたハードな業務に没頭した。 入社2年目になると、長時間労働に耐えられず同期20人のうち4人が辞めていた。せっかくの休日にも、仕事の疲れから家で夕方4時まで寝てしまっている。「俺、何やってんだ?」と、自問する日々。 「このままではいけない! 社内の体制を変え、人が辞めない会社にしたい」という気持ちが強くなる。具体化できるアイデアを同僚たちと持ち寄り、組織を業務ごとに分割したり、コンピューターによる仕事の効率化などを提案した。会社に理解してもらえたことがうれしくて、懸命に仕組み作りに没頭。少しずつ部署の帰社時間は早まり、離職率も下がっていった。営業・経理・業務などのさまざまな経験を積み、25歳で主任に昇格した。 次のページヘ |
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